2024年02月12日:テレビドラマにおける“表現”の不可能性

3.芸術作品の「翻訳」に当たり、翻訳者が重視しなければならないこと

 小説であれ、漫画であれ、演劇であれ、映画であれ、ある芸術作品を別の芸術作品へと翻訳する(移し替える)ことは、一筋縄ではいかない仕事であるということは、分かっていただけたのではないかと思います。

 その上で、今回の騒動において問題視されているのが、日本シナリオ作家協会が1月29日にYouTube上に投稿した動画「【密談.特別編】緊急対談:原作者と脚本家はどう共存できるのか編」です。ここで、あるパネリストが「原作者とは会いたくない派」、「私が大切なのは原作であって、原作者はまあ関係ない」という発言をしたことなどが物議を醸しています。

 なお、該当の動画はすでに削除されており、日本シナリオ作家協会のウェブサイトでは、2月4日付けで、当該動画に関するお詫びが公表されています。近頃のインターネット世論は、死人が出るまで追及の手を緩めないという厳しさがあるために、パネリストを守る目的から動画を削除したことは想像に難くありません。しかしながら、今後の原作/翻訳者の関係性や、その理想的な在り方を議論するに当たっては示唆に富む内容を多く含んでいると思うので、いつかは動画が再アップロードされると良いだろう、と筆者は思います。

 さて、当該パネリストの発言ですが、これまでの考察を追ってみれば推測できるだろうとは思いますが、作品に対するアプローチの仕方に関してズレがあるのだろう、と思います。芸術作品を乱暴に分割するならば、大きく「主題(テーマ)」と「表現」に分かれることになると思います。ここで「表現」の範囲に属することは、先に述べたように、芸術の分野において得意/不得意なこと、できる/できないこと、しなければならない/してはならないこと、に分けられます。

 このため、「表現」に関して言えば、原作者がどれだけ「このようにしてほしい」という要望があったとしても、それを忠実に再現することは困難でしょう。ドラマに即して極端な例を挙げれば、どれほど理想的な場合であっても、【原作者のイメージに沿った俳優/女優を選ぶ】ことがせいぜいできることであり、【登場人物それ自体を抜き出してドラマで演じさせる】ということが不可能なのは、あえて説明をせずとも分かることだと思います。

 となると、重要になってくるのは「表現」それ自体ではなく「主題」の方にあります。すなわち、①原作者と翻訳者とが、「主題」についての認識を共有する、②主題を表現するに当たり、できることとできないこととを確認する、③原作者と翻訳者とが、ここだけはこだわりたい/ここだけは譲れない、といったポイントを相互に確認しながら「翻訳」を実現する――というロードマップを辿れば、原作者は、新しい表現から新たな発想を得ることができるかもしれませんし、翻訳者は、主題においてブレない範囲で、自らの創造性を発揮することができるでしょう。当然妥協しなければならない点は(原作者/翻訳者相互に)あると思いますが、それはお互い様ですし、主題がブレることさえなければ、鋭く対立するということは、おさおさ生じないのでは、と思います。

 そして、上記のようなロードマップにおいて、重視されるべきは「原作」というよりもむしろ「原作者」になることが分かるのではないかと思います。原作者の主題の捉え方を表現したものが「作品」にほかならないのですから、「作品」の表層で物事を解決しようとするのではなく、より深層へと、すなわち主題と、主題に対する原作者の価値観とに深入りして、新たな表現を模索していくというのが、翻訳者に必要なアプローチの仕方なのではないか、と思います。

 ちなみに、該当のパネリストは、「トレースじゃ作家は育たない。文化が縮小していく」という発言もされている、とのことです。個人の思想をあげつらうことはしてはならないですし、本論の目的でもありませんが、この発言が、問題としてはなかなか根深いのでは、と筆者は考えています。というのも「トレースでは作家は育たない」という発言が成立するためには【原作をドラマにすることは、基本的には機械的な事柄である】という思想が前提に存在しなければならない、と考えられるためです。

 前にも見た通り、ある芸術作品をほかの芸術作品へと翻訳することは至難の業ですし、それを単純作業だとみなすのは、タルコフスキーの言葉を借りれば「映画も散文も同じように軽蔑している人」に類するのではないかと思います。すなわち、原作を軽視しているのみならず、みずからの仕事それ自体も軽視しているのではないか、と受け止められかねません。もし、そのような思想を持って発言していたのだとするのならば、このパネリストの人は、自分の思想が持つことの意味について、慎重に考えておいた方が良いのだろう、と思います。

以  上 

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