2020年06月20日:「最終回発情期」に関する論点整理について

 いきなりで恐縮ですが、本論において筆者は、「最終回発情期」というトピックについて、何かしらの結論を得たわけではありません。

 しかしながら、「最終回発情期」というトピックについて考えることにより、今後の諸考察に当たって示唆に富むと思われる論点を幾つか見出せたことから、当該論点の整理も兼ねて、本論をものしております。

 さて、“週刊少年ジャンプ”で連載されていたマンガ『鬼滅の刃』が、2020年5月18日に発売された同誌において、第205話をもって無事に完結いたしました。

 「この作品が人気を勝ち得た理由は何か」についての考察は、ネットで検索すれば豊富な記事が参照できますので、本論ではあえて触れません。その一方で、『鬼滅の刃』の完結の間際、物語の最終盤において、twitter上に「最終回発情期」という奇妙なワードがトレンド入りしたことをご記憶の方も多いのではないでしょうか。

 この「最終回発情期」というワードの初出は、同じく“週刊少年ジャンプ”上で連載されていたマンガ『銀魂』の中で、登場キャラクターの一人が言ったセリフに由来します(なお、「さいしゅうかい-はつじょうき」とは読まず、「ふぁいなる-ふぁんたじー」と読むのが正しいそうです。)。「最終回発情期」とは、マンガが最終盤に近付くと、登場キャラクター同士のカップリングが続々と成立する様子を揶揄した言葉であり、『鬼滅の刃』では、正味で5組の登場キャラクター同士のカップリングが成立しているようです(https://aikuwabaratrio.com/kimetsu-hatuzyoki/ 2020年6月20日閲覧)。

 さて、ネーミングの大げささ、露骨さだけに目が行ってしまいがちですが、「最終回発情期」が揶揄するところのものは、“物語”を考察するに当たり、重要な意味を持っています。というのも、「物語の終盤に当たり、“結婚”というイベントが発生する」という展開については、『昔話の形態学』の中で、ウラジーミル・プロップが、物語を構成する一機能として指摘しているためです。

 このことについて説明を行うに先立ち、まずはウラジーミル・プロップと、『昔話の形態学』について説明したいと思います。

 ウラジーミル・プロップは、ロシアの民俗学者であり、1928年に『昔話の形態学』を発表しました。プロップは、アファナシエフが出版した『ロシア昔話集』を読んだ際に、その中に登場する100の魔法民話が、しばしば同一の傾向を示すことに気付きました。プロップは、この「同一の傾向」をまとめ、魔法民話の「不変で恒常的な」構成部分の数は、「登場人物の31の機能」に限られることを発見しました。このことについてまとめられた本が、『昔話の形態学』となります。

 プロップの『昔話の形態学』の影響は、それが出版された当初は限定的であり、ロシア-フォルマリズム(1910年代半ばから20年代末にかけてロシアの若手研究者や言語学者を中心に展開された文学運動を指す。平凡社『世界大百科事典 第2版』より。https://kotobank.jp/word/%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0-616589 2020年6月20日閲覧)の担い手の間で共有されるだけに留まりました。

 しかし、第二次世界大戦中にロマーン・ヤコブソンが米国へ亡命した際に、同じく亡命者であったクロード・レヴィ=ストロースと出会うことにより、プロップの研究成果は、レヴィ=ストロースの構造主義の考え方に影響を与えることになります(レヴィ=ストロースは、「構造と形式」と題する記事の中で、プロップに対して注意を促しています。)。

 このほかにも、プロップの研究は、神話研究(グレマス)、昔話の研究(ブレモン)そして文学研究(ロラン・バルト)にも影響を与えていますが、『昔話の形態学』が英語に翻訳されたのは、1928年の出版から30年後となります。

 話が逸れてしまいましたので、元に戻りましょう。確認したいことは、『昔話の形態学』において、プロップが列挙した「物語の31機能」であり、それが「最終回発情期」とどのように紐づくのか、という点です。

 「最終回発情期」に紐づくと考えられる機能は、そのものずばり「結婚ないし即位」という機能です。これは、大抵の魔法民話において、結婚の対象となる配偶者は「王女」であるため、結婚することが実質的な王位の継承、すなわち「即位」に該当するためです。なお、プロップの考案した「物語の31機能」は、そのどれもが登場人物の担う機能として整理されています。この機能の作用から明らかなとおり、「結婚ないし即位」の機能は、主人公が担うものとして整理されています。

 注目すべきは、この「結婚ないし即位」機能は、31番目の機能として整理されている、という点です。プロップが列挙する「物語の31機能」は、物語の進行順に対応していますので、「結婚ないし即位」機能は、まさしく「最終回」として位置付けられることになります。

 さて、ここまで「最終回発情期」と呼ばれるものが何で、それがプロップの「機能」とどのように紐づくのかを見てきました。ここで、「最終回発情期」に関する論点を、以下のとおり列挙してみたいと思います。

  1. プロップの「結婚ないし即位」という機能は、「主人公に与えられる成功報酬」としての意味合いを有しています。つまり、多くの魔法民話では、「さらわれた女性を主人公が奪還する」という形式が取られており、「主人公が、さらわれた女性の救出に成功することによって、その女性と結婚する」という結末にたどり着くためです。その一方で、『鬼滅の刃』を例として見られる「最終回発情期」は、決して登場キャラクター同士のカップリングを成功報酬として位置付けているわけではありません。主人公の最終目標の達成に当たり、派生的に生じる効果であると捉えることもできるでしょう。すると、「最終回発情期」を、プロップの「結婚ないし即位」の機能と、性急に結びつけることは可能なのか、というところが論点となり得ます。
  2. (1.の論点にもかかわらず、)プロップの「結婚ないし即位」という機能が、31番目の機能として位置付けられていることと、いわゆる「最終回発情期」が、文字通り「最終回」において発生し得る出来事であるという点については、注目する必要がありそうです。特に、プロップの『昔話の形態学』の意義は、物語を類型として整理することにより、物語の構造面に焦点を当てたところにあります。その一方で、サンプルとした“物語”は、アファナシエフの『ロシア昔話集』で示された100余りの物語に限定されています。したがって、プロップは31番目の機能として「結婚ないし即位」を整理していますが、たまたまプロップのサンプリングした魔法民話が、そのような特徴を有しているだけの可能性もあります。にもかかわらず、「最終回発情期」という言葉は、プロップのサンプリングの固有性によらず、「カップリング」というイベントが最終盤に設定されること、そして、「カップリング」というイベント自体が、ポジティブ(幸福・成功)なイベントとして設定されていることを示しています。早い話が、1900年代(あるいは、民話の起源をもっと古いと考えれば、それよりも昔)時点のロシア人と、「最終回発情期」という言葉を編み出した現代の日本人が、共に「カップリング-ポジティブ」というイメージ抱いているのはなぜなのか、「カップリング-ポジティブ」というイメージは、人類にとって生得的なイメージということができるのか、というところが論点となり得ます。

以  上 

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