前回示したとおり、「小説家になろう」において、評価者は「マイナスのポイント」をつけることができません。ゆえに、評価者が「低評価」と見なしてつける「文章:ストーリー=1:1」であっても、実質的には「プラスのポイント」であるため、結局は書き手のメリットと考えることができます。
しかしながら、上記のような結論に対して、以下のような反応が返ってくることは当然予想されます。
「たしかに2ポイントであっても、0ポイントよりかはマシかもしれない。しかし2ポイントよりかは6ポイント、6ポイントよりかは10ポイント欲しいわけだし、やっぱり2ポイントをつけられたら作者としてはがっかりしてしまう」
このような反応です。ではどうして、書き手の側は2ポイントを嬉しく思わない傾向が存在するのでしょうか。この傾向について、ちょっと考えてみましょう。
実はこの問題に、「小説家になろう」のポイント制度の落とし穴があります。順を追って説明したいため、まずは書き手の側の視点に立って考えてみましょう。
書き手の側がポイント評価に気づくのは、ユーザーページにおける自作の評価を確認したときです。このとき、書き手の頭の中には次のような場面設定がなされることとなります。
「仮にもし、『小説家になろう』で自分の作品を評価してくれる人たちが、合理的な判断を行うとするならば、(1,1)ポイントから(5,5)ポイントを入れるまでの確率は同様に確からしいだろう。したがって、ポイントの平均は(3,3)の6ポイントに収束しなくてはならないはずだ」
このようなことを口走る書き手はいないでしょうが、少なくとも頭の中では漠然とこのようなことを考えているはずです。文章・ストーリーそれぞれの項目について、1ポイントから5ポイントまでで評価することができます。すべての可能性を書き出すと、
2ポイント=(1,1)
3ポイント=(1,2)、(2,1)
4ポイント=(1,3)、(2,2)、(3,1)
5ポイント=(1,4)、(2,3)、(3,2)、(4,1)
6ポイント=(1,5)、(2,4)、(3,3)、(4,2)、(5,1)
7ポイント=(2,5)、(3,4)、(4,3)、(5,2)
8ポイント=(3,5)、(4,4)、(5,3)
9ポイント=(5,4)、(4,5)
10ポイント=(5,5)
となります。読み手の側は特にこだわりなくポイント評価を行うと仮定すると、上の表より、2ポイントを入れられる確率は25分の1、3ポイントを入れられる可能性は25分の2……と計算できますから、その期待値E(X)は、
E(X)=2*0.04+3*0.08+……9*0.08+10*0.04=6
となります。多くの人が評価してくれた場合、その平均値は6に収束するはずです。
ところが、上述の計算では、ある重大な要素を見落としています。今までの計算は書き手の判断を数式に置き換えたものですが、書き手の判断と読み手(評価者)の判断は同じでしょうか。
つまり、上記の計算における「評価者」とは、「作品を読み、かつ評価してくれた」読み手を指しています。「作品を読んだ結果として、評価を入れなかった」読み手のことは計算から除外されているわけです。
このことを考慮に入れた上で、再度計算しなおして見ましょう。同じように読み手の合理性を所与のものと考えた上で、まず読み手は「作品を評価するか、あるいはしないか」の判断をします。このとき、いずれの選択肢も同様に確からしいと仮定していますので、確率としては2分の1となります。
このことを加味した上で、上述の計算をやり直して見ましょう。すると、
E(X)=0*0.5+(2*0.04+3*0.08+……9*0.08+10*0.04)*0.5=0.02*150=3
となります。
改めて二つの平均値を見てみましょう。書き手の側は二段階のプロセスのうち、最後のプロセスしか確認できません。それゆえ画面に表示された結果を見て、「ポイントの平均値は6になる」と考えてしまいます。
ところが読み手側の思考プロセスはそうではなりません。「評価するか(50%)、しないか(50%)を決めた上で、しかる後に評価する」という手順をとります。この評価しなかった“死票”と呼べるべきものを加味すると、その平均は3になります。
これだけでもう、書き手が心理的に損をしていることは明らかです。「評価されれば6ポイントは貰えるもの」と考えているのに、実際は3ポイントしか貰えないためです。
平均が分かったところで、今度は標準偏差を考えてみましょう。計算は割愛しますが、書き手側の平均に基づいて算出される標準偏差は√V(X)=2、評価者の立場からの平均に基づいて算出される標準偏差は√V(X)≒3。
重要なのは、評価者を基準として考えた際の平均3、標準偏差3です。この言葉を統計学の知識から解釈すると、「ポイント0から6の間に収束する可能性が68%」ということを示します。つまり、ポイントが0のままであることはざらであり、よくても6にしかならないというような状態が7割がた存在するということです(正確には√V(X)=3.31のため、ポイント0になる可能性はもっと上がります)。
いずれにしても、書き手側が「文章:ストーリー=1:1」を食らって不愉快な気持ちになるのは、この評価者側の意思決定プロセスを一部捨象してしまうがために起こる、計算のずれが背景にあると考えられます。