6.「低評価」は本当に低評価か(1)

 「小説家になろう」全体の仕様が変更されてから、半年ほど経過したでしょうか(註:【第二版】を執筆している2016年2月現在においては、すでに1年6ヶ月が経過しています)。その当時に比べれば、「小説家になろう」はかなりユーザーフレンドリーになったと感じられます。

 たとえば、「小説家になろう」に実装されているアクセス解析アプリケーション「KASASAGI」。以前グラフで表示されていたのはPVでしたが、いまではアクセスが表示されるようになり、グラフもヒストグラムを意識した、より見やすいものとなっております。

 もう一つ例を挙げるとするならば、ブックマーク(仕様変更前までは「お気に入り」という名目でした)数上限の増加が挙げられます。従来のブックマーク上限は200件程度でしたが、現在では最大4000件ものブックマークを登録することができます。

 ブックマークの増大は、読み手に計り知れない恩恵をもたらしたものと私は考えます。読み手の方の中には、短編をブックマークしておきたいと考える方もおられることでしょう。しかし、仕様変更前のブックマーク上限では、短編をブックマークしているうちに、すぐに上限まで到達してしまいました。

 では、このような読み手の方々は、どのようにして短編を「ブックマーク」したのでしょうか? ――ここで登場してくるのが「評価ポイント」です。ブックマークを長編・連載小説に優先的に配分したい考えた読み手の人たちは、とりあえず「文章:ストーリー=1:1」の評価を行ったのです。一旦評価してしまえば、自分のユーザーページにおける「評価をつけた作品」から、その短編小説を参照することができるためです。

「せっかく『いいね!』と思って短編を評価するのならば、『1:1』の評価でなくて『5:5』の評価をつけてあげればいいのに」

 とお考えの方もいるでしょう。私もはじめはそう考えましたが、後になってから思いなおすようになりました。

 周知の通り「小説家になろう」の仕様では、一貫して「ブックマーク」が「2ポイント」として換算される設計となっています。従って読み手が短編の評価に「1:1」をつけるのも、「ブックマーク代金として2ポイントをつけるが、個別な評価となるとまた別の問題である」という考えのもとで行われた工夫であると考えます。

 もしブックマークのつもりで「5:5(つまり10ポイント)」を入れてしまったのならば、自分がブックマークしている一つの作品(2ポイント)との間に、8ポイントもの格差ができてしまう。それでは、ブックマークを入れた作品の書き手が報われない。――短編に「1:1」のポイントをつけた読み手の心理には、このような思考がはたらいていたのではないかと推測されます。

 ですが当然、短編の書き手にしてみれば、そんな読み手側の深謀遠慮を汲み取る手立てがありません。とうぜん自分の作品の「評価」が「1:1」だと思ってしまいます。

 読み手が「ブックマーク」のつもりでおこなった「2ポイント」を、書き手は「評価」の「1:1」と見なしてしまう。仕様変更前の「小説家になろう」では、そうした状況も存在していたはずです。

 なぜ私がこんな長い話を続けているかというと、読み手側の「善意(あるいは悪意)」を、書き手側が「評価ポイント」から判断することはきわめて難しい、ということを知っていただきたかったためです。

 たとえば、同じ「1:1」をつける人であっても、熱心に作品を読み、「ここをこうすればもっとよくなるだろうから」というきびしい姿勢で評価する人もいれば、単純にその作品が(あるいは作者が)気に食わず、嫌がらせの目的で評価をする人もいるでしょう。この両者の間では、意識に大きな隔たりがあります。しかし書き手は、読み手の感情まで判断することはできません。

 では、書き手は評価に対し、どのような姿勢を持てばよいのでしょうか。ここではゲームの理論一つの方法として用いながら検討を進めていきたいと思います。

 その前に、「ゲームの理論」とはどんなものであるかということについて、「囚人のジレンマ」というモデルを利用して紹介したいと思います。

 想像力を働かせてみましょう。詐欺をはたらいた容疑で、佐藤、鈴木という二人組みが事情聴取を受けている場面です。佐藤、鈴木はお互いに別々の部屋で事情聴取されていますが、「捕まった場合には黙秘する」ということにしていたので、二人とも一貫して黙りこくったままです。

 こうなると警察側は困ってしまいます。そこで担当の刑事は、二人に対して以下のような提案を行いました。

【図①】

 図を説明するとこういうことです。もし佐藤と鈴木の二人が、このままずっと黙秘を続けるのなら、双方共に2年の懲役になる(細かい設定は省きます)。佐藤だけが自白して鈴木が黙秘するならば、あるいは逆に、鈴木だけが自白して佐藤が黙秘するならば、自白したほうの懲役は1年になり、黙秘したほうは罰として10年間服役させられる。そして佐藤と鈴木とが共に自白するならば、双方共に8年の懲役になる……。

 この提案がなされたときの、佐藤の思考を考えて見ましょう。当然服役なんてものは、早く解放されればされるだけよいことですから、黙秘を選ぶのが賢明です。

 しかしこのとき、「鈴木がどのような行動をとるのか」が、佐藤にとっての懸念になるわけです。もしかしたら鈴木は「佐藤は黙秘するもの」と考え、自白してしまうかもしれません。そうなってしまったら、佐藤は当初の予想に反して10年も牢獄にいなくてはなりません。

 このように考えると、黙秘を貫くよりかは自白してしまったほうが賢い判断です。上手くいけば、佐藤は1年で刑務所を出られます。少なくとも、10年間刑務所にいるリスクを取らなくて済むからです。

 そしてこのような合理的な判断を、おそらくは鈴木も別の部屋で辿ることになるでしょう。結果として二人は詐欺を自白し、共に8年ずつ刑務所へ入ることとなりました。

 ここで2人の囚人を区別することなく、単純に2人がリスクとして負わねばならない「懲役」について考えて見ましょう。

 二人が黙秘した場合は、2+2=4。

 一人が黙秘し、もう一人が自白した場合は、10+1=11。

 二人とも自白した場合は、8+8=16。

 このようにしてみると、佐藤と鈴木の二人は、懲役という面から換算して最も不利な提案を呑んだことになります。「二人が合理的に考え最善だと見なした結果が、実は全体から見て最も不利益な結果である」というこの事例こそが、「囚人のジレンマ」の本質です。ゲーム理論とは、アクターの思考をマトリックスに書き出すことで、その行動様式を数理的に把握しようとする学問体系です。

 能書きはこのぐらいにして、「小説家になろう」の評価の問題に、このゲーム理論を参照してみましょう。「囚人のジレンマ」においてプレイヤーは二人でしたが、この問題に関して、プレイヤーはただ一人「評価者」のみです(書き手は評価者の評価を防いだり、操ったりする手段を有さないためです)。

 プレイヤーが一人のため、ゲームと呼べるかどうかさえ怪しいかもしれません。下の表では、「高評価」「低評価」という項目と「善意」「悪意」という項目とをクロスさせています。

【図②】

 こうして出来上がったのが上の図です。図としての存在意義が疑われますが、上記の選択肢のみが、読み手に委ねられた選択肢と言えそうです。

 「悪意による高評価」、および「善意による低評価」は、この表には含みませんでした。個人の合理性に照らして考えてみた場合、これらの選択肢は「意図」と「評価」との選定に矛盾をはらんでいるためです。

 表中のXで示される範囲は、評価ポイントが推移する範囲を示したものです(文章とストーリー、それぞれの評価項目を合計して0から10までです)。

 ところで「善意」「悪意」は読み手の判断によるものですから、この表は事実上「善意を抱くか」「悪意を抱くか」の二択に繫がるといえそうです。

 しかしながら、見落としてはならない点がこの表には存在しています。仮に読み手が悪意をもって低評価をつけようと思っても、その下限は2ポイント、つまり正の値をとるという事実です。

 YouTubeを覗いてみましょう。評価の項目はたった二つ、「高評価」と「低評価」だけです。しかしこの場合の「低評価」に数値を振るとしたら、おそらく負の値をとることでしょう(「評価しない」に0が振られるため)。

 一方「小説家になろう」における「低評価」とみなされているものは、定量的には正の値をとります。いかなる評価Xも2≦Xとならざるを得ず、某大手動画投稿サイトのような「負の値の評価」をすることができないのです。

 つまり「小説家になろう」におけるポイントシステムは、必ず評価が正の値をとる加点方式であるため、評価者の意図というものがポイントに反映されないのです。

 ある悪意を持った書き手が、気に食わない作品に「文章:ストーリー=1:1」の評価をつけたとします。本人は低評価をしたつもりでしょうが、この「2ポイント」は正の値をとり、ランキング等に反映されてしまいます。「悪意を持って行ったはずの低評価が、書き手にとっては貴重な2ポイントになる」ということになるのです。

 では、本当に気に食わない作品に対して、悪意を持った書き手は何ができるでしょうか? 答えは「何もできません」。正確には、「その作品を無視し、ポイントを入れない」ことが可能です。そうであったにしても、評価で「マイナスのポイント」が入れられない以上、気に食わない作品があったとしても、読み手は指をくわえて見ているしかないのです。

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