10.「なろうテンプレ」についての、暫定的な定義

 前回に提起した問題をもとに、ここからはその問題を一つずつ考察していきましょう。もちろん、『「なろうテンプレ」とはそもそも何なのか』という根源的な問いは最後に回します。どのようにでも答えられてしまう問いであるためです。

 しかし、考察を進めていくにあたっては、「なろうテンプレ」の何たるかを暫定的に定義しなくてはなりません。その際に手がかりとなるのは、「『なろうテンプレ』は批判の対象になっている」という一つの特徴です。

 この特徴がどのようなことを示しているのかを明らかにするために、次のことを確認してみましょう(【第二版】註:以下に確認した内容は、第一版において確認した内容です。最新の情報ではありません)。「小説を読もう!」における詳細検索を利用し、どのようなキーワードがどの程度ヒットするのかを確かめてみたいと思います。

 ただし、これには二つの条件があります。

 まず、「ブックマークが多い順」、「すべてのジャンル」、「すべての連載小説」かつ「長期更新停止中の作品を除く」という条件のもとで、キーワードを調べました。

 「すべてのジャンル」を選んだのは、「小説家になろう」において「なろうテンプレ」が横断的に出没している現状を改めて確認するためです。また、「すべての連載小説」かつ「長期更新停止中の作品を除く」を選んだのは、書き手の人々にとって、現行連載小説・完結済み連載小説の動向にもっとも関心があるだろうことを想定しての処置です。

 次にキーワードとして、「テンプレ」というワードのほかに、「異世界」、「チート」、「ハーレム」、「ご都合主義」、「主人公最強」といった、“テンプレの中身を規定する”ワードも調査してみました(理由は後述いたします)。

 実際にやってみたところ、次のような結果を得ることができました(2015年2月28日現在)。「異世界」は11706件、「チート」は3502件、「ハーレム」は3048件、「ご都合主義」は487件、「主人公最強」は1173件、そして「テンプレ」は348件、それぞれ作品がヒットしました。

 (ちなみに、各検索における1位の作品と、その欄の一番下にある作品(20位の作品)とのブックマークの落差を確かめてください。よくて半分、ひどいときには3-4倍ほどの落差があるのではないでしょうか。「ブックマーク」の項目で指摘したパレートの法則が「小説家になろう」ではたらいていることは、このような事例からでも明らかになります)。

 キーワードごとに何件ヒットしたかを、もう一度確かめてみましょう。

 特徴として最も指摘しやすいのは「チート」と「ハーレム」の二つのキーワードです。この調査だけで推測しても有意な結果は得られませんが、この二つのキーワードの親和性が高いことは経験的に明らかだと言えそうです。

 「チート」と「ハーレム」が跋扈しているなろうの現状に業を煮やした書き手の中には、「二つをまとめて『チーレム』というジャンルを作ってしまえ!」と言っている方もいるようですが、その背景にはこうした親和性が存在しているためだと考えられます

 注目すべき箇所はもう一つあります。「異世界」、「チート」、「ハーレム」、「ご都合主義」、「主人公最強」といった、“テンプレの中身を規定するような”ワードは多くの作品がヒットするにもかかわらず、肝心の「テンプレ」というキーワードでヒットする作品は相対的に少ない、という事実です。

 この事実から、次のような仮説を立てることが可能となります。それは、「小説家になろう」における「テンプレート」は、作品の構造を意味している「テンプレート」と、作品の特徴を意味している「テンプレート」の、二つの「テンプレート」が分かちがたく結びついているのではないか、という仮説です

 たとえば、「トラックにはねられた主人公が死に、実はそれは神の手違いであり、主人公は代償として超常的な能力をもらい、異世界へ転生する」という展開があったとしましょう。ウラジーミル・プロップの物語論を利用すれば(註:ウラジーミル・プロップ(Vladimir IAkovlevich Propp、1895-1970)は、旧ソヴィエト出身の昔話研究者。ロシアの魔法民話を「機能」に着目して分析し、1928年に『昔話の形態学』として発表した)、「トラックにはねられた主人公が死ぬ」のは「機能9:主人公の呼び出しあるいは派遣、召喚」ですし、「主人公は代償として超常的な能力をもらう」のは典型的な贈与者による贈与です。「主人公が異世界へ転生する」のも「機能11:出発」であり、例示した展開は忠実に物語論をなぞっているといえます。

 「なろうテンプレ」の批判者が、作品の構造を意味する「テンプレート」を非難しているとは思えません。仮に非難していた場合、その非難は的外れなものです。プロップの考え方はロシア・フォルマリストの一人であるローマン・ヤコブソンに引き継がれます。そしてヤコブソンを経由し、更にレヴィ=ストロースという人物に伝えられます。レヴィ・ストロースはこの考え方に影響を受け(あともう一つ、ソシュールの言語学にも影響を受けていますが、割愛します)、「構造主義」という新たな枠組みを確立します。その後、構造主義は物語論の発展に大きく影響を与え、今に至っています。

 この辺りの事情を説明するのは、このエッセイの本旨ではないために詳細は省きますが、「物語を構造的に捉える」という考え方は脈々と現代にまで受け継がれており、その知見は物語作りにまで積極的に応用されています(よく、「ハリウッド映画は三幕構成を取っている」と言われますが、物語を三つの部分の統合だと見なす考え方も、ブレモンという人の研究成果に基づいています)。「作品の構成を非難する」ということは、とりもなおさず「物語の体裁を整えていない物語こそすばらしい」と言うことと同じです。ほとんど暴挙と言ってしまっても良いかもしれません。

 そう考えると、「なろうテンプレ」の批判者が批判している当のものが何であるのか、ある程度輪郭を確かめることできるようになります。「なろうテンプレ」の批判者が批判しているのは、「異世界」、「チート」そして「ハーレム」といった個々の要素よって、一定の方向性を持つに至った物語構造のことを指しているのです。

 このことを裏返してみれば、「なろうテンプレ」について暫定的な定義を与えることができます。その定義とは「なろうテンプレ」=「『異世界』、『チート』そして『ハーレム』といった要素(註:最近になって浮上した「悪役令嬢」、「婚約破棄」等のカテゴリーに含まれる要素も含んでいますが、便宜上省略してあります)を特徴として持つ『小説家になろう』独自の物語構造」というものになるでしょう。次の回からは、この暫定的な定義をもとにして、その定義の妥当性を検証してみることにしましょう。

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