6.5.呪符(お札)

 お札を利用して窮地を切り抜けるという話は、日本の昔話にも登場します(お寺の小僧が山姥から逃げおおせるために、三枚のお札を駆使する話など)。

 日本の昔話だけでなく、中国におけるキョンシーさんなどもおでこにお札を貼り付けて日々を過ごしておられますが、ヨーロッパの空想物語の中ではお札を利用した作品は皆無なように思われます(あと、巻物の利用もありません)。

 したがって、本格的な和製ファンタジーを志す書き手は、お札を作中に登場させない方が無難かもしれません。ですが文様を中心にして考えるとき、やはりお札にも一定のメリットがあるため、ここではそれをご紹介したいと思います。

 今までの考察にならって、まずはお札の利点を考えてみましょう。お札そのものの媒体は別に紙でなくても通用します。したがって金属製のお札でも、石を札状にしたゴブレットのようなお札でも“お札”呼ばわりすることが可能です。

 ですが、今回は紙を利用したお札に限定したいと思います。そうなると最大の利点としては、「量産が可能である」、「保管・運搬が容易である」ということがあります。日本銀行券であるお札さつは一万円を百枚束にして百万円にしても、厚さは一センチほどにしかならないそうです。そうなると、杖やお面、もしくは織布などと比べても持ち運びはかなり容易になるでしょう。活版印刷の技術が普及している世界設定(厳密にいえば、この世界設定は「広義の近代」に当たるため、中世西洋風な世界観=和製ファンタジーの構造から逸脱してしまいます)では、間違いなく量産化も図られるでしょう。

 しかしその反面、劣化しやすいという特徴も持っています。あっという間に酸化が進んでしまうため、永続的な魔術文様を利用するのには向いていません。

 おそらくはこの「酸化」という問題が、西洋と東洋における「お札」の意義を決定してしまったのではないかと思います。東洋文化圏において利用される「和紙」という媒体と「墨」という質は、実は大変劣化しにくいものです。それに対し、西洋で普及した「紙」は質が(東洋の和紙に比べ)あまりよくありません。ヨーロッパで文章の記録・管理が徹底された背景には、この「紙が痛みやすい」という問題もあったのかもしれません。いずれにしても、「お札」という形態が東洋で確立したのには、こうした媒体の質の高さに要因があったのかもしれません。

 「お札」の“質”と“媒”について考えてみましょう。

 “質”は「お札に文様を書き付けた素材」となりますが、「文様の部分のみを無地のまま残し、それ以外の箇所を塗りつぶす」という方式を採用すれば、“質”を無しとすることも可能です。

 次に“媒”について。ここでは必ず「紙」を“媒”として取り扱った方が使い勝手がよいでしょう。一口に紙といっても、「杉の木を使った紙」、「糸の繊維を利用した紙」、「ケナフから作った紙(某・痛い経営者の鶴の一声によって経営が迷走してしまっている大手ハンバーガーチェーンのハンバーガーを包んでいる紙)」など、種類はいろいろあります。したがって紙の素材を変更することによって、魔術の性格もある程度制御することが可能になってきます(ただし、製紙技術が高度に発達していることが前提です)。

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