『アドバイス』

 教員の肛門に爆竹を詰め込み、着火したことが罪に問われたため、私は、二年三か月の間、巣鴨プリズンに服役していた。

「あーあ、セッ〇スしたいなァ」

 出所したときにはもう、高校は退学扱いとされていた。私は仕方なく、地元にあったピンポン玉工場に就職し、ベルトコンベアの上を流れてくるピンポン玉の中から、へこんでいるものを発見しては、それをつかんで投げ捨てるという作業を行った。

 しかし、工場長の家に窓からお邪魔し、シャワーを浴び、付近にタオルがなかったために、やむを得ず飼われていたチワワで股間を拭いていたところを、運悪く工場長の奥さんに見つかってしまったために、私はピンポン玉工場をクビになってしまった。

◇◇◇

 さて、前科一犯の無職となった私は、自宅の自分の部屋で自涜オナニーにふけりつつ、スマホをいじっていた。フェイスブックで高校時代の同級生たちを物色していると、“スズキ・リョウタ”なる人物が、[知り合いかもしれない人]としてサジェストされた。

 初め私は、スズキ・リョウタなる人物が、誰のことだか分からなかった。しかし、プロフィール画像によく目を凝らしてみれば、スズキ・リョウタは確かに高校時代のクラスメイトだった。私が服役していた間に、スズキ・リョウタは様変わりしていたから、私はすぐに気付くことができなかったのだ。

 私が知っている、高校時代のスズキ・リョウタは、決してイケメンというわけではなかったけれど、スポーツが得意で、さわやかな好青年だった。唯一の欠点は、歌がべらぼうに下手くそだった点である。スズキが歌を歌おうものなら、窓ガラスは割れ、野の草花は枯れ、空気はよどみ、川は汚染され、鳥は地面に落ち、ヴェネツィアは海に没し、太陽は西から昇り、株価は暴落し、オバマは白人になった。

 ところが、フェイスブック上のスズキは、その当時に比べても、とても成功しているように、私の目には映った。一浪して都内の私立大学に進学したスズキは、ベンチャー企業を立ち上げて、大学生経営者として名を馳はせているようだった。

 私は、そんなスズキのことを、正直羨ましく思った。

「自分のように成功したい人は、誰でも来てください。アドバイスします」

 と、フェイスブックに書いてあったので、早速私はスズキに連絡を取り、今度の日曜日の午後に、二人で会うことを約束した。

◇◇◇

 待合せ場所の駅で、私はすぐにスズキを見つけることができた。スズキは日焼けしていて浅黒く、白い歯が眩まぶしかった。

「やあ、くい さん(私の苗字である)、久し振り」

 スズキはそう言うと、私にほほ笑んでみせた。「やあ、久し振り」とは、ずいぶんなご挨拶だなと私は思ったものの、今のスズキがそのように言う様子は、妙にサマになっていたため、「こんにちは」とだけ返事をした。

「スズキ先生、」

 続けて、私はスズキに言った。年齢こそ、スズキと私は一緒だが、今の私にとって、スズキは人生の先輩であるため、彼を尊敬するつもりで、私はスズキのことを「先生」と呼んだのである。

「私に、スズキ先生のように人生で成功する方法を教えてください」

「オッケー、オレに任せて。手始めに、オレに着いて来てよ」

 そういうとスズキは、私を伴って道を歩き出した。

「成功する秘訣はね、実はとっても簡単なことなんだ。全部で四つある。まず第一は、『人に親切にすること』だ――」

 全てを言い終わらないうちに、スズキは前方へと駆け出した。その先には、重い荷物を背負って、よろめきながら横断歩道を渡ろうとしている、一人のおばあさんの姿があった。

「おばあさん、良ければ、その荷物を持ちますよ」

「かたじけないねえ」

 おばあさんに手を差し伸べたスズキの様子に、私は胸を打たれていた。横断歩道を渡り終えた後、おばあさんに別れを告げ、スズキは私のいる場所まで戻ってきた。

「さぁ、フクイさん、こうしちゃいられない、こっちだ!」

 スズキに導かれるまま、私は来た道を戻り始めた。スズキはレンタカーショップを目指しており、私たちは早速、一台の赤いスポーツカーをレンタルした。

「先生、これからどうするんですか?」

「まあ見ててよ。成功する秘訣の二つ目は、『与えたものを倍にして返す』ということさ。ヒャッハー!」

 そう言うと、スズキはアクセルを全開にし、最高速度でおばあさんに追いつくと、追い抜きざまに、おばあさんを撥ね飛ばした。

「ぎゃあーっ?!」

「ヒャッハー!」

 おばあさんは飛んで行ってしまい、そのまま見えなくなった。

「ちょっと、先生、さっきのおばあさんいちゃいましたよ」

「それが人生というものさ」

 スズキが、神妙な顔をしてそう言ったのもつかの間、目撃者からの通報を受け、警察がやって来た。

「どうするんですか、先生」

「人生で成功するために大切なことの三つ目は、『素直であること』さ。お巡りさん、おばあさんを殺したのは、私です」

「ちょっと来なさい」

「最後に大切なのは、『感謝すること』さ――」

 パトカーに乗せられる間際、スズキは

「ありがとうございました!」

 と叫んでいた。

 一連の教えを受けて、私はこう考えた。思うに、人生を成功に導くためのアドバイスとは、肛門に詰められた爆竹のようなものなのではないか、と。それは、人生の上でとても重要な位置を占めているかもしれないが、だからこそ、あえて口に出して言う必要はないのだ。一たび口出しし、火を着けてしまおうものなら、それは爆発して、重要な位置はおろか、その人自身をも、完全なまでに粉砕してしまいかねないからだ。

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