(着いた……)
長い階段を上りきると、オルタンスはため息をついた。バルコニーから眺めた以上に、塔は高くそびえていた。
アースラが語っていたとおり、塔の手前に衛兵はいなかった。にも拘らず、かがり火は煌々と灯っており、塔の回廊にかけてある蝋燭も、みな赤々と燃えていた。まるでアディス王が建造して以来、この塔だけは時が止まってしまっているかのようだった。蜘蛛の巣さえなければ、埃さえ落ちていないのだから。
空気を震わせるような大きな音に、オルタンスは思わず飛び上がった。新国王の即位に合わせ、城内の鐘楼が一斉に音を立てたのである。
鐘の音に合わせて、人々の笑い声がかすかに響いてくるのを、オルタンスは耳にした。エリジャは夜通し行われている晩餐会で、ほかの貴族たちと語らっているのだろう。アースラはオルタンスの言葉を真に受けて、そんなエリジャを見張っているにちがいない。
いずれにしても、自分のことを気にかけてくれる人は、誰もいない。
ストールをしっかり巻き直すと、オルタンスは向き直った。オルタンスの正面には、分厚い鉄の扉が立ちはだかっている。
「よし……」
オルタンスは、鉄扉のノブに手を回した。風にさらされているためか、鉄扉のノブは刺すように冷たい。それでもオルタンスは鉄扉に身を預け、鉄扉を思い切り押し開いた。
次の瞬間、
「あ……!」
鉄扉の向こう側から、まばゆい光が解き放たれた。オルタンスはまぶしさのあまり、その場で尻餅をついてしまう。はずみでストールが肩から離れ、吹きすさぶ風に乗って、窓の外へと飛んでいってしまう。
ハ、ハ、ハ、ハ、ハ……!
目を射貫くほどまでの白さを誇る光、屹立した光が、オルタンスの側を横切ると、笑いながらどこかへと飛んでいってしまった。
「ヲンリ様……!」
窓の向こうへとオルタンスは視線を向けたが、すでに光は跡形もなくなっていた。ここに来てオルタンスは、自分は人の理解を超えたものを解き放ってしまったのではないかと考え、そら恐ろしくなった。