第28話:浴場にて

「では、ごゆっくり――」

 エリジャとアースラとが部屋へ入ったのを見届けると、使用人の思われる男は、静かに部屋を引き下がっていった。

「ここって……」

「海賊たちの隠れ家の一つです」

 ビロードのカーテンを開くと、アースラは外の様子を眺めた。エリジャたちのいる二階からは、ごった返す市場の様子がつぶさに見て取れた。

「一階は商店、二階は家屋となっております。そして一階の店は絹織物の問屋として、この辺りでは指折りの店です。よもや、ここが海賊の隠れ家とは誰も思いますまい」

「それはいいけれど……」

 どうしてよいのか分からず、エリジャはまごついた。案内された場所が、浴場だったからだ。半開きになった扉の向こうからは、湯気を立てている湯船の様子が見えた。

「どういうことなの、アースラ? たしか、ロオジエに会うはずじゃなかったっけ?」

「はい。ただしその前に、エリジャ様もきっとくつろぎたいだろうと考えまして」

「”くつろぎたい”?」

「ええ」

 エリジャは目を細め、もう一度浴場を覗いた。たしかに、湯船に飛び込みたくないかと言われればウソになる。でも――

「でも、そんなことをしている暇があったら……」

「いや、エリジャ様は、その……えっと……いまお召しになっているものが……」

 言い淀んでいるアースラを見て、エリジャも察した。

「相手は海賊の頭領だから、身なりなど気にしないだろう」

 と考えていたエリジャだったが、今のエリジャの格好には、さすがにこたえるものがあるようだった。

(清潔にはしてたつもりなんだけどな……)

 エリジャは腕をまくると、自分の身体の臭いを嗅いだ。しかし、三年のうちに何も妥協しなかったかと問われれば、エリジャは「そうだ」と答えられる自信がなかった。

「ああ、もう。わかった、アースラ。あなたを困らせるわけにはいかないもの」

「す、すみません」

「着替えの支度は頼んだわよ」

 身につけているものをその場で脱ぎ捨てると、エリジャはそれらをまとめてアースラへと手渡した。手渡すとき、アースラの動きが妙にぎこちなかったのを見て、エリジャは苦笑する。

(そんなに臭かったのか、私)

 砦の兵士に無理を言って、行水だけは怠らなかったのだが、やはり水をかぶるだけではダメのようだった。

「とにかく、しばらくゆっくるするわ。ロオジエがやって来たら、教えてちょうだい」

「……分かりました」

 息を詰まらせている様子のアースラを尻目に、エリジャは浴場に入ると、すかさず湯船の中へと飛び込んだ。頭までお湯の中に浸かったエリジャは、三年ぶりの快感に身も心も弾んでいた。

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