「では、ごゆっくり――」
エリジャとアースラとが部屋へ入ったのを見届けると、使用人の思われる男は、静かに部屋を引き下がっていった。
「ここって……」
「海賊たちの隠れ家の一つです」
ビロードのカーテンを開くと、アースラは外の様子を眺めた。エリジャたちのいる二階からは、ごった返す市場の様子がつぶさに見て取れた。
「一階は商店、二階は家屋となっております。そして一階の店は絹織物の問屋として、この辺りでは指折りの店です。よもや、ここが海賊の隠れ家とは誰も思いますまい」
「それはいいけれど……」
どうしてよいのか分からず、エリジャはまごついた。案内された場所が、浴場だったからだ。半開きになった扉の向こうからは、湯気を立てている湯船の様子が見えた。
「どういうことなの、アースラ? たしか、ロオジエに会うはずじゃなかったっけ?」
「はい。ただしその前に、エリジャ様もきっとくつろぎたいだろうと考えまして」
「”くつろぎたい”?」
「ええ」
エリジャは目を細め、もう一度浴場を覗いた。たしかに、湯船に飛び込みたくないかと言われればウソになる。でも――
「でも、そんなことをしている暇があったら……」
「いや、エリジャ様は、その……えっと……いまお召しになっているものが……」
言い淀んでいるアースラを見て、エリジャも察した。
「相手は海賊の頭領だから、身なりなど気にしないだろう」
と考えていたエリジャだったが、今のエリジャの格好には、さすがにこたえるものがあるようだった。
(清潔にはしてたつもりなんだけどな……)
エリジャは腕をまくると、自分の身体の臭いを嗅いだ。しかし、三年のうちに何も妥協しなかったかと問われれば、エリジャは「そうだ」と答えられる自信がなかった。
「ああ、もう。わかった、アースラ。あなたを困らせるわけにはいかないもの」
「す、すみません」
「着替えの支度は頼んだわよ」
身につけているものをその場で脱ぎ捨てると、エリジャはそれらをまとめてアースラへと手渡した。手渡すとき、アースラの動きが妙にぎこちなかったのを見て、エリジャは苦笑する。
(そんなに臭かったのか、私)
砦の兵士に無理を言って、行水だけは怠らなかったのだが、やはり水をかぶるだけではダメのようだった。
「とにかく、しばらくゆっくるするわ。ロオジエがやって来たら、教えてちょうだい」
「……分かりました」
息を詰まらせている様子のアースラを尻目に、エリジャは浴場に入ると、すかさず湯船の中へと飛び込んだ。頭までお湯の中に浸かったエリジャは、三年ぶりの快感に身も心も弾んでいた。