屋外へと出たエリジャは、周囲の惨状に息を呑んだ。
通路を抜けたエリジャは、今砦の中庭を二階から見下ろしている。その中庭には、複数の兵士たちが折り重なって倒れていた。ある兵士はサーベルで袈裟懸けにされ、別の兵士は両手足がばらばらになっていた。……おそらくは、風の魔法で切り刻まれたのだろう。
意を決して中庭に降り立つと、エリジャは兵士たちの死体へと近づいた。エリジャの見知っている兵士たちの制服に紛れ、見慣れない死体をエリジャは発見した。
(これは……)
見慣れない死体は、ぼろきれのような衣装を身にまとっていた。ひと目見ただけでは夜盗のたぐいに思えてしまうだろう。
(この腕章……)
しかし、エリジャは男が身につけている腕章が気になった。
(どこかで見たことがある……どこだろう……)
「――おい、動くな」
そのとき、エリジャの背後から男の声が聞こえてきた。それと同時に、エリジャの背中に尖ったものがあてがわれる。
目玉だけを動かして、エリジャは中庭の芝生に映る影を見つめた。背後に立っている男は一人、持っているのはサーベルが一本だけだった。
「嬢ちゃん、たっぷりかわいがってやるからな……ほら、物騒だろ、鉄棒を離せ」
言われるがまま、エリジャは握りしめていた鉄棒を離した。鉄棒が地面に吸いよせられていくのを認め、ナイフを構える男の腕が緩む。
これが、男の運の尽きだった。――エリジャは身体をよじって男から距離をとると、すかさず地面に落ちかけた鉄棒を蹴り上げた。鉄棒は大きく輪を描きながら、男の顎に直撃する。
「がっ……?!」
ひるんだ男の手からナイフをひったくると、エリジャはそれを男の胸めがけて振りかぶった。男の長い悲鳴が、エリジャの心にも刺さる。
「ハァ……ハァ……」
男の胸からナイフを引き抜くと、エリジャは自分の右手のひらをじっと見つめた。男からナイフを奪う際に、エリジャはその刃を握ってしまったのだ。エリジャは手を振って溢れる血を捨てると、自分の着る衣のすそを切って、それを包帯代わりとした。
応急処置を施している間にも、エリジャの視線は、崩れ去った城壁の向こう側に注がれていた。
塀の向こう側には、空と大地とが広がっていた。
「あ……」
ナイフを握りしめたまま、エリジャは城壁に向かって歩き出す。城壁のがれきを乗り越え、芝生の上に降り立ったとき、エリジャはそこで、深く息を吸った。三年ぶりに吸う外の空気には、潮の香りが入り交じっていた。
右側から聞こえてきた砲撃の音を受け、エリジャはそちらを振り向く。青緑色の波に岸壁が洗われている、その更に向こう。水平線ではいくつかの帆が佇んでいた。砦を陥落させた戦捷として、かれらは祝砲を上げているのだ――。