「サウル様、どうぞ陛下に……エリジャ様に会わせてください!」
「出過ぎた真似はよせ、アースラ」
咳き込みながら、内大臣のサウルがアースラを叱責する。アースラはずっとひれ伏したままだったが、事態が解決するまでは、一歩も引かないつもりでいた。
新しい朝を迎えたばかりのバンドリカの王宮は、上へ下への大騒ぎだった。右大臣のカルフィヌスが亡くなったばかりか、エリジャ新女王が、かれを殺したと言われているのだから。
「エリジャ様がそのようなことをするなんて……! ありえません! どうかエリジャ様に会わせてください。エリジャ様の口から、真実を聞きとうございます」
「何度も言わせるな、アースラ」
忌々しげに首を振りながら、サウルはアースラに告げた。
「いいか、エリジャ様が右大臣殿を殺めたのは、紛れもない事実。オルタンス姫と私とが、その証人である」
「では……ではせめて、オルタンス姫に会わせてください!」
「ならぬ。オルタンス殿は、今はとても人に会える状況ではないのだ。オルタンス姫のお気持ちを考えてもみよ」
「ではサウル殿、私はオルタンス様に会えるようになるまで、ここでいつまでも待ちましょう。私はエリジャ様の従者であり、王室の藩塀です。エリジャ様に会えぬ以上、ここから引き下がる訳には参りません」
「アースラ、貴様……!」
それまでいっこうに目を合わせようとしなかったサウルが、はじめてアースラに視線をそそいだ。その瞳は、憎悪の光で赤く燃えさかっている。
「私の言うことをあくまで信じようとしないつもりだな? よろしい! エリジャ姫が人殺しならば、お前もまた人殺しの従者だ」
「――そのようなことは断じてございません!」
手のひらに爪が食い込むほど、アースラは拳を強く握りしめる。
「エリジャ様に対する数々の暴言、それでもあなたは内大臣を名乗るおつもりか!」
「黙れ! もはやエリジャは王ではあるまい。単なる人殺しだ。エリジャにも貴様にも、この王宮に居場所などありはせん。とっとと失せろ――!」
このときアースラは、もうほとんど剣の柄に手を掛けているところだった。しかし彼女が身じろぎするよりも、近衛兵が彼女を捕まえる方が早い。
「は、離せっ――!」
「衛兵! 王宮から、この雌犬を追い出すのだ!」
アースラは必死になってもがいたが、多勢に無勢だった。ようやく衛兵たちが手を離したときにはもう、アースラはすでに王宮の裏手、残飯などが搬出される外通路に放り出されていた。
「ハァ、ハァ――」
肩で息をしながら、アースラは何とか立ち上がろうとする。残飯のすえた臭いが、アースラの鼻に押し寄せた。数刻もしないうちに、残飯の臭いが体中に染みてきそうだった。
(はやくここを離れよう――)
鼻を押さえつつ、アースラはその場から駆けだした。
(エリジャ様を――エリジャ様を助けないと……!)
アースラが向かう先は、左大臣・カシムの邸宅だった。