第11話:剥奪

「これは……?!」

 右大臣カルフィヌスが、首を切られて死んでいた。死体の傍らには、長剣が転がっている。

 殺されてから、まだ間もないようだった。傷口からあふれかえっているよどんだ血が、床全体を浸している。

(そんなバカな……)

 立ち尽くすしかなかったエリジャの肌を、夜風がなでていく。ここにきてエリジャも、窓が開いている理由を悟った。カルフィヌスを斬り殺した犯人が、立ちこめる血のにおいに我慢できず、窓を開け放ったのだ。そのせいで、この部屋のロウソクだけが消えていたのだ。

「オルタンス……!」

 不意に妹の存在を思い出し、エリジャの背筋を寒いものが走った。カルフィヌスは、殺されてまだ間もない。ということは、犯人はまだ近くにいる可能性がある。

 妹が危ない。――いても立ってもいられず、エリジャは鉄扉の方を振り向いた。すると突然、鉄扉が大きく開け放たれた。

 入ってきた人物を見て、エリジャは身を固くする。

「サウル……?」

 近衛兵たちの先頭に立つのは、内大臣のサウルだった。サウルの表情はいつにも増して暗く、冷たく見えた。

「どうしてあなたが……?!」

「いたぞ――!」

 突如サウルが、エリジャを左手で指さした。

「見ろ、右大臣が殺されている。あのエリジャが右大臣殺しの犯人だ、捕らえろ――!」

「何ですって……?!」

 サウルの言葉が信じられず、エリジャはサウルの所まで駆け寄ろうとした。しかし、やって来た近衛兵たちに羽交い締めにされ、エリジャは床に組み伏せられる。エリジャの着ていた寝間着に、カルフィヌスの血が染みてゆく。

「おそろしいことだ……なんとおそろしい……!」

 声を震わせながら、サウルは言い放った。しかしその言葉は、ここで起きた殺人に向けられていると言うよりも、この現場の恐ろしさを皆に印象づけるために繰り返しているかのような響きがあった。

 なぜサウルの言葉は、そのような憂いを帯びているのか?

「サウル……!」

 それは、サウルこそが右大臣殺しの犯人だからだ。しかし、いまのエリジャには、それを明かすための手立てがなかった。

「近衛兵、エリジャ姫を引っ立てろ」

「サウル……オルタンスを……あの子をどうするつもり?!」

 近衛兵たちに必死で抵抗しながら、エリジャはサウルに尋ねる。しかしサウルは一瞥したきり、エリジャの質問に答えようとはしなかった。

「サウル、答えて! お願い!」

 エリジャの声は、むなしく塔の闇の中へ吸い込まれていった。

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