第31話:君の言うことは嘘だ(Все, что вы сказали это ложь)

 クニカが再び眠りについてから、突然起き上がった人物が一人いた。リンである。息苦しさを感じ、リンは目を覚ましてしまったのである。リンの周囲は真っ暗で、皆寝静まっているようだった。

(何だよ)

 と、リンは心の中で悪態をついた。寝る前に皆で

「見張り番を立てよう」

 と決めていたからだ。

 チャイハネの次は、リンの番である。それなのに、チャイハネはリンを起こしに来ていない。きっと、チャイハネも寝てしまっているのだろう。

「全く……」

 起き上がると、リンは寝所から抜け出し、ダイニングへと出た。“鷹”属性の魔法の属性のため、昼間は抜群の視力を誇るリンだったが、夜になってしまえば、リンの視力は普通の人と大差がなかった。

 何とか机まで近づくと、リンは机の上のものをつかみ取った。ロウソクである。テーブルを手で撫で回してマッチを探り当てると、リンはマッチに火を着けた。

「うぉっ?!」

 リンは、危うくマッチを取り落しそうになる。マッチの明かりに照らされて、椅子に座っていた人物の姿が、はっきりと映し出されたからである。

 それは、チャイハネだった。

「あぁ、ビックリした……。全く、脅かすなよな」

「リン……起きてたのか……」

 無表情のまま、チャイハネはリンに言った。

「目が覚めちまってな。お前こそ、何で起きてんだよ?」

「夜行性なんだ、フクロウは」

「そういうことか」

 椅子を引っ張ると、リンも座った。腕を組むと、リンはチャイハネが話し始めるのを待った。ところが、チャイハネは物思いにふけっているようで、いっこうに話し出すそぶりがなかった。

「あのさ……」

 結局、リンが先に口を開くことになった。チャイハネは、目線だけを動かし、リンに応じる。

「その……悪かったよ」

「悪い?」

「ほら、病院で……お前たちのこと疑っただろ? クニカがヤバかったら、オレも、チャイハネと同じことをしてたと思うんだ」

「ふーん?」

 チャイハネはわざとらしく天井を見上げた。

「そんなことあったかな?」

「何だよ、ちぇっ」

 リンはそっぽを向いた。

「人がせっかく勇気出して謝ってるっていうのに――」

「分かってるよ、リン。なぁ、すねるなって。ホント正直だよな、リンって」

「別に」

 とはいうものの、リンはまんざらでもなかった。

 ともすれば、少しくらいおどけたっていいかもしれない――、リンがそう考えていた。その矢先、

「だからさ、」

 と、いつになく真剣な口調で、チャイハネが言った。

「なぁ、だからさ、リン。お前のその正直さを、クニカにも見せてやってほしいんだ」

「どういう意味だよ?」

「クニカはお前の家族じゃない、ってことさ」

 チャイハネのこの言葉を聞いた瞬間、リンは氷漬けにされたかのように、ぴたりと動作を停止した。チャイハネの言葉に対し、リンはどう反応すれば良いのか、分からなかった。

「さっき、クニカが起きてきたんだ。それで、あの子のロケットを触った」

 チャイハネの口調はぶっきらぼうだったが、両腕だけは、机の上に置いてあった。激高したリンが飛びかかってくることを想定して、チャイハネも警戒していたのだ。

 しかし、そんなチャイハネの思惑とは裏腹に、リンはただ動揺しているだけだった。

「見たのか……中身を……ロケットの……?」

 リンの声は震えていた。チャイハネは首を振った。

 椅子から立ち上がると、リンは、チャイハネの服の袖を引っ張った。

「なぁ……頼む。アイツには……クニカには言わないでくれ、お願いだ」

「やめろよ、リン」

 声を荒げると、チャイハネはリンの手を振りほどく。

「そういうのはやめろよ。お前らしくないだろ?」

 チャイハネの言葉はさとすようだったが、それがリンの心の闇を、深々とえぐってしまった。

「――お前にオレの何が分かるんだよ?!」

「何も分からないさ、リン」

 チャイハネは答えた。

「ちょうどリンが、あたしの気持ちを分からないのと同じだよ」

 リンは、顔を背けた。

「……困らないだろ?」

「『困らない』?」

 チャイハネが目をむいた。

「そうかい? まぁ、そうかもしれないな。それで、どうなるんだ、リン? その先は? クニカに黙ってるつもりなのか? あの子がお前に付き合ってくれると、本気で思ってるのか?」

「それは――」

「おせっかいだってことは分かってるさ、リン。だけどお前の問題だろ? このままでいいのか? いつか言われるんだぞ、クニカに『リンの言うことは嘘だ』って――」

 チャイハネは言葉を切った。クニカとシュムは、壁一枚を隔てて寝ている。二人には、特にクニカには、この会話を聞かれるわけにはいかなかった。

「……言いたいことはそれだけか?」

 かすれた声で、リンはチャイハネに尋ねてくる。リンの拳は、固く握り締められていた。

「リン……喧嘩けんかしたいわけじゃないんだよ」

 チャイハネは辛抱強く、リンに言った。

「言い過ぎたのなら、謝るよ。だけど、あたしはただ――」

「もういい」

 チャイハネに向き直ると、リンはただ一言、そう口にした。そのままきびすを返すと、リンは寝所へと戻ってしまう。

「リン!」

 チャイハネはリンに呼びかけたものの、それ以上にどうすることもできなかった。椅子に座り直すと、チャイハネは頭を抱え、長い夜をひとりで過ごした。

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