第17話:告白(Признания)

しかばねを明らむる者は、この世にかざるなり(死人(この世の真理を見出さない人)を見出すような人間に、この世界はふさわしくない)。

『トマスによる福音書』、第56節

 裏口から出ると、クニカはリンの飛び去った方角をにらんだ。建物の内部から確認できたはずの“跳ね橋”も、地上に降り立ってしまうと、他の建物に遮られて分からなくなる。

 壁際を伝いながら、クニカは慎重に歩みを進める。“お頭”が指示していたとおり、ギャングたちはエツラ川の反対側に出払ってしまったようだ。ギャングたちの姿はまばらで、クニカでも難なく移動できた。

(それにしても、)

 周囲の建物を見渡すうちに、クニカは心細くなってくる。女体化してしまったせいで、クニカは身長が縮んでいる。今までならば何気なく見過ごしていた建物も、やけに高く見えた。

「こっち……だよね?」

 ひとり呟きながら、クニカは音を立てないように進んでいく。目指すはベスピン市の北、エツラ川に掛かっている跳ね橋だ。

◇◇◇

「よしっ!」

 網の目のように入り組んだ路地を抜けると、クニカの目の前に、川が姿を現した。エツラ川だ。幅が広く、流れの静かな川で、河口は海岸かと見紛うほどの長い砂浜にふち取られている(が、その砂浜へと降りるためには、コンクリート製の堤防を下らなくてはいけなかった)。

 北へ目を向ければ、跳ね橋が見えた。周辺には、クレーンやコンテナが所在なく散らばっている。ちょっとした港か、ドックなのだろう。とはいえ川である以上、小型船しか入れない様子だった。

 クニカは目を細める。跳ね橋は上がっており、分断されていた。橋を作動させ、つなげなくてはならない。

「うぐっ……?!」

 何気なく浜辺に視線を落としたクニカは、気持ち悪くなって目をそむけた。水路の底の方に、複数の死体が折り重なって倒れているのを見てしまったのだ。

 吐き気を我慢がまんして、クニカはもう一度水路の下を見る。死体は裸で、首と胴とが、全て切り離されていた。

 この街の事情が、ようやくクニカにも呑み込めてくる。街を占拠してすぐ、ギャングたちは跳ね橋を上げてしまったのだ。そうすれば、ウルトラを目指している難民たちを、みなここで足止めできる。向こう岸へ渡れずにいる難民たちを襲い、ギャングたちは、その命と財産とを奪っているのだ。死体は所持品を全て奪われた挙句、黒い雨でコイクォイにならないよう、首が切断されているのだ。

(逃げなきゃ……絶対に!)

 服の胸元を握り締め、クニカは動悸どうきを押さえつける。

◇◇◇

 鉄門の横にある小さな回転扉をくぐって、クニカは跳ね橋近くの制御室まで急いだ。本来ならばこの辺りにもギャングたちがいたのだろうが、今は誰もいなかった。

 クニカは細心の注意を払って、迷路のようになっているコンテナの間を突っ切ってゆく。

「ベスピン警察巡視船パトローリエ・カーチェフ

 と書かれている、船がつないである突堤から、クニカは階段を登って制御室の扉を開ける。

「リン?! いる?」

「クニカ!」

 物陰から飛び出してきたリンが、クニカを抱きしめた。

「無事だったんだな。良かった」

 クニカの首にぶら下がっている“お守り”をなで、リンが目を細める。それからリンは、クニカの両肩に手をかけ、クニカの青い瞳を見据えた。

「屋上にいたときに、お前の声がしたんだ。どうなってるんだよ?」

「それは……」

 クニカは手短に説明した。跳ね橋を渡して、向こう岸に逃げる必要があること。“お頭”なる人物が、ギャングたちを取り仕切っていること。“お頭”の心の色は見えないから、何を考えているか分からないこと……。

「心の色……」

「え?」

「クニカ、お前、オレの心の中も覗いてたな?」

「あ……」

 勢い込んで話していたために、うっかり口を滑らせてしまったことに、クニカは気付いた。慌てて取りつくろおうとするも、リンの「心の色」が真っ赤になるのがクニカには分かった。

「……で、続きは?」

 リンからげんこつを食らった後、クニカは自分の能力について話し始めた。祈りを通じ、不思議な魔法が使えるということ。ただし、どこまで使えるかは、クニカ自身にもよく分かっていない、ということ。

「う……ん」

 リンは眉をひそめたり、うなったりしていたが、右手はずっと脇腹に添えられていた。狙撃で瀕死に陥ったリンを救ったのも、クニカの「祈り」にほかならなかったからだ。

「だとしたら……不思議だな」

「不思議?」

「そうだよ。お頭って奴は『連中を蹴散らして武器まで奪った』って言ったんだよな? “連中”って誰だよ?」

 クニカもはっとする。聞き飛ばしていたが、確かにその通りだ。

「ま、街の人とかじゃないかな?」

「街の人が? 戦車なんて使うのか?」

「それは……ないか」

 答えあぐねているクニカを見て、リンは肩をすくめてみせる。

「良いよ。考えても仕方ない。今は、この跳ね橋をつなげることだけを考えよう」

「うん!」

「よし! ……で、どうすれば良いと思う?」

 訊かれたクニカも、どう答えれば良いのか分からない。

 制御室には、膨大な数の計器類、レバー、ボタンが所狭しと並んでいるためだ。

 何とかしてリンに答えようとした、次の瞬間。

「うっ?!」

 クニカは猛烈な腹痛に襲われ、計器台に手をついた。

「どうした、クニカ?!」

「お腹、が、――あれ?」

 腸の辺りをペンチで捻ったかのような痛みだったが、リンに説明する前に、痛みは治まってしまう。それでもクニカは、下腹部の辺りに、妙なしこりのようなものを感じ取った。

「いや……何でもない」

「何だよ、脅かすなよな」

 リンに促されるまま、クニカも目に付くレバーをとりあえず引いてみる。

 遠くの空で、雷の音が聞こえた。

▶ 次のページに進む

▶ 前のページに戻る

▶ 『ラヴ・アンダーグラウンド』に戻る

▶ 連載小説一覧に戻る

▶ ホームに戻る

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする