不気味な沈黙が、堂内を埋め尽くしていた。ヒスイは黙ったまま、銃口から立ち上る紫煙を見つめていた。エバは息絶えた異形を見すえ、肩で息をしている。
そんなエバに抱えられ、呆然としていたセフだったが、まるで稲妻にでも打たれたかのように飛び上がると、すぐさま異形の側に駆け寄る。
「あっ、ちょっと――」
「老師!」
エバが言い終わる前に、セフの悲鳴が堂内に響き渡った。
「老師、あぁ、お願いです! 死なないでください! ――老師!」
”老師”の言葉を聞きつけ、エバの顔から血の気が引く。
「老師……って、ウソでしょ……?」
そのときだった。異形の体躯が震えだしたかと思うと、黒い煙が立ち上りはじめる。煙が噴出すにつれ、異形の体躯は見る見るしぼんでいった。
とうとう、異形の黒い身体は溶けきって、中から人が姿をあらわした。それは、やせ細った老人の姿だった。
「僧正様……こんなことが――うっ?!」
「エバ!」
目の前で繰り広げられるおぞましい光景に、エバは耐え切れなくなったのだろう。堂の中央に背を向けると、口からものを吐き、盛んにえずきだした。
エバの隣に寄り添うと、ヒスイは彼女の背中を叩いて介抱する。
「大丈夫?」
「あ……あたしは大丈夫。――それよりも……そんなことよりも……」
口元を拭うと、エバはふたたび堂の中央に目を向けた。
「セフ、いったい、どうなってるていうの?! あたしにも説明して。……泣いてるだけじゃ何もわかんないでしょ!」
容赦ないエバの言葉にもかかわらず、セフは嗚咽を交えながら語り始める。
「……街の人を避難させようとしてた。……わたしと、他の人たちとで……。老師も一緒だった……だけど突然苦しみだして……みんなで堂まで老師を運んだんだ、そしたら――」
「そしたら、異形に変わった、ってこと?」
ヒスイの問いかけに、セフは黙って頷いた。そのまま歯を食いしばり、セフはうつむく。セフの目からは、涙がとめどなく零れ落ちてゆく。
(だけど、変だ)
悲惨な光景を目の当たりにしながらも、ヒスイは冷静に考えていた。これまでに出くわした異形で、人間の姿に戻った異形などいない。
僧正の場合だけ特殊だったのだろうか? それは何かの偶然なのだろうか?
「あ……ァ……」
「老師?!」
考え事をしていたヒスイの耳に、セフの声が届いてくる。セフの腕に抱えられていた僧正が、虚空に腕を伸ばしていた。
どうやら、僧正にはまだ息があるらしい。
「老師、ここです! セフはここにおります!」
「探せ……」
僧正の命を繋ぎとめようとするかのように、セフは懸命に声を張り上げる。だが、僧正の耳にはほとんど届いていない様子だった。うつろな視線の様子からして、きっと目も見えていないのだろう。
「”探す”? 探すって、僧正、何を? 何を探せばいいんですか?!」
エバも駆け寄って、必死に僧正に質問する。
「国従……を、探せ、国……を……」
「老師――?!」
それ以上の言葉を、僧正が語ることは無かった。僧正は苦しみに悶え、胸元を掻きむしるそぶりを見せると、腕をだらりと垂らし、遂に動かなくなった。
「あ……そんな……!」
僧正の細い肩を掴むと、セフは懸命に揺さぶった。
「老師……嘘です……返事を、どうか返事をしてください。……嫌だ、嫌だぁっ!」
セフの悲鳴が、堂全体を覆う沈黙を突き破った。自分の身体の温もりを分け与えるかのように、セフは事切れた老人の亡骸を抱きしめる。