第23話:逆鱗

 指先に灯した明かりを頼りに、エバとセフは暗い地下道を突き進んでゆく。

 二人の足音の他には、何の音も、気配もしなかった。

「薄気味悪いわね」

 右手を前に突き出したまま、エバがしかめっ面をした。

「それにあたし達、さっきから同じところをぐるぐると回っていない?」

「いや、そんなこともないよ」

 曲がり角に近づくと、エバから借りたチョークを使って、セフは壁に大きくばつ印をつけた。道に迷わないために、というエバの提案で行っているこのマーキングも、地下の入り組み加減からしたら、何とも無駄な行為のように思えてしまう。

「ただ、この洞窟が広すぎるだけ」

「そうよね、全く……! ホント頭に来る」

 軽口を叩くと、壁に取り付けられた金属製の手摺にエバは寄りかかる。指に灯している炎が、いっそう光を増した。

「地上にだってあんなに建物が有るっていうのに、何でわざわざこんな洞窟作っているのよっ」

「細かいことを気にしちゃダメだよ」

 渋い表情をするエバの側に近づき、下に続く階段をセフは指差した。

「探していないところを、しらみ潰しに探すしかないよ。これだけ通路があるのならば、どこかに出口もあるだろうし」

「そうね。もうそれしかないわ」

 エバは不機嫌そうに呟くと、それでも下へと続く階段を降りてゆく。


◇◇◇


 階下へ降りた二人は、違和感を感じて即座に身構える。

「セフ、ここ――」

「うん、分かってる」

 小声で会話してお互いに頷くと、二人は姿勢を低くして内部の様子を伺った。見回した感じ、今度の場所はかなり広いようだ。

 壁づたいに移動したエバは、やっと違和感の正体をつきとめた。

 壁につけられた棚の上に、溶け残った蝋燭が打ち捨てられている。

 欠けた蝋燭に、エバは手を触れてみる。蝋は押すと柔らかく、まだ暖かかった。

「ついさっきまで人がいたんだ」

 おし殺した口調で、セフがそう囁いた。周辺を注意深く観察して、エバは蝋燭に指の火を移す。くすんだ色の蝋が溶け、脂くさい臭いがエバの鼻までつたった。

「ふぅーっ、これで全部ね」

 エバは同じ要領で部屋を探ると、残りの蝋燭にも全て火を灯した。

 エバの予想通り、この部屋だけはかなり奥行きがあり、通路も多かった。通路ごとに、塔で見たのと同じ見慣れない文様で番号が振られている。部屋の中央には、からくり仕掛けの仕切りが幾つも平行に据えつけられている。

「でもまた通路ばかり。おまけに全部下へ通じているわ。どれだけ地面を掘り返せば気が済むのよ、ここの住民は!」

 怒りが収まらないエバに対し、この地下道全体から滲み出てくる不穏な空気にセフは毒されていた。

「ねぇエバ。ここってもしかして、……墓場なんじゃないかな?」

「墓場ですって?」

「そう。ここ全体が巨大な地下墓地なんだよ」

 言い返そうとしたエバは、一本の通路から吹き寄せる湿っぽい風を感じ口をつぐんだ。そう言われてしまえば、地下へ地下へと潜っていった先に無数の死体が蹲っているような気がする。

「止めてよ、変なこと言わないで」

 怖気に襲われたエバは、セフの陰湿な予想をきっぱりと打ち消した。

「あなたはお寺暮らしなんだからそう感じるだけでしょう? なんなら確かめてみましょうよ」

 エバは更に地下へと続く階段を指差した。

「地下に降りて、もしごろごろと死体が転がっているってんなら――」

「……いるなら?」

「あたしが全部火をつけて火葬にしてやるわ!」

 エバは拳を握り締めると、はりきってそう答える。

(どうしよう、目を合わせ辛いな)

 視線を壁の隅に寄せ、セフは曖昧な笑みを浮かべた。

 それを了解の合図と受け取ったのか、エバは満足そうに頷いき、率先して階段を下りて行く。

 氷霜剣を逆手に構えた状態で、セフもエバの脇に続いた。


◇◇◇

 地下道の最深部まで、エバとセフが差しかかろうとしたその頃。

 お互いがお互いに対して最悪の第一印象を直観しながら、ヒスイもサァキャも同じく地下道の最深部まで歩いていた。

「……いい加減ランタンを仕舞え」

 前を歩いていたサァキャが、振り向きざまにヒスイに言い放った。

「いいじゃない。お互いに明るい方が身のためでしょ?」

 ヒスイは白々しく応答した。

 サァキャは黙ったままヒスイを睨みつけていたが、威嚇も無駄だと分かったらしい。小声で何かを唾棄しながら先へと進んでゆく。覆面のせいで表情は分からないが、サァキャの瞳は明らかに苛立ちの光を帯びていた。

 サァキャの持つ光源を、ヒスイは注意深く見つめていた。

 サァキャ曰く、それは“懐中電灯”という名のものらしい。金属製の鉄芯を二本燃料として取り付けると、上部に着いた出っ張りを滑らせるだけで簡単に光をつけることが出来る、という代物だ。おまけにその光はどこかに燃え移ることもなければ、火種さえも必要ないのだという。

 サァキャはその場で光の点滅を実演してみせたが、それを見たヒスイはますますサァキャを警戒するようになった。光の点灯、消灯をいつでも操れるということは、ヒスイの一瞬の隙を突いて目くらましを施すことだって出来るわけだ。

 だからヒスイはランタンを消さないまま、

「それで、あなたは何の仕事をしているの?」

 などという無駄な茶々をいれてサァキャの注意を逸らしているのである。

「……外の人間はおしゃべりが大好きだな」

 皮肉交じりのサァキャの言葉に、ヒスイはわざとらしく笑みをこぼした。

「当ててあげましょうか、サァキャ? あなた、皮肉を売る仕事をしているんでしょう?」

「皮肉だと? ハッ! 忌々しい」

 サァキャは憎たらしげに吐き捨てた。

「私は“ウテー”の長としての仕事を果たしているだけだ」

「“ウテー”の長は地下道をうろうろするのが趣味なの?」

「これも仕事の一環だ」

 サァキャとヒスイは階段を降りきった。目の前は開けており、部屋の中央部には、からくり仕掛けの仕切りが幾つも平行に据えつけられている。

「これは?」

 サァキャとヒスイはからくりの一つに近づいてみた。ほとんど同じ形のからくりが、何列も並んでいる様は異様な光景だった。

「それは“改札”というものだ」

「カイサツ?」

 動かないからくりを手で叩いて、ヒスイはサァキャに訊き返した。

「こんなに沢山あって、いったい何に利用するの?」

「知らん」

 ヒスイの質問を、サァキャは容赦なく斬り捨てて“改札”を通り抜けた。通り抜け際に、天井に吊り下げられている看板を指差した。

「この掲示板にそう書いてあるだけだ。何に用いていたかは分からないが、知らなくとも“改札”に殺されるわけでもないしな」

「不思議なこともあるのね、“カイチュウデントウ”は知っていて“カイサツ”は知らないなんて?」

 あからさまなうなり声を上げて、サァキャがヒスイの方を振り向いた。

「貴様、この私の善意を踏みにじっているのか?」

「まさか、そんなことないわよ?」

 ヒスイは肩をすくめると、ランタンを高く掲げた。

「不思議なこともあるんだなァ、って思っているだけよ」

「お前の態度は実に忌々しい」

 押し殺した声でサァキャは呟いた。

「実に忌々しいが、私も“ウテー”の長としての面子がある。私が寛大だからお前の不遜な態度を赦してやっているということを忘れるなよ」

「ええ、ありがとう――許してくれて」

 取り繕った笑顔をサァキャに向けながらも、ヒスイはサァキャの言葉に違和感を感じ続けていた。ヒスイが度を越した憎まれ口を叩いているにもかかわらず、サァキャは逆上しないばかりか、ヒスイの仲間を探すために率先してヒスイを案内している。

 何かが確実におかしい。サァキャを注意深くランタンで照らしながら、ヒスイは歩き続ける。

「それにしても私は幸運だわ。この辺の地理に通暁したあなたに案内してもらえるのだから、サァキャ。仕事の一環って、あなたは何をしていたの?」

 黙って先を進んでいたサァキャが、突然立ち止まった。何事かと警戒しているヒスイの前で、サァキャは肩を震わせて笑い出した。

「フフフ……一つには採集の仕事がある。これはもう終わったも同然だ。もう一つは探し人をしている」

「探し人? あなたも誰かとはぐれたの?」

「妹を探している」

 あけすけな口調でサァキャは答えた。

「もう三日ほど会っていない。……ここらをうろついているのは分かっていたが、今までは探す時間が無かった。私は“ウテー”の長で、妹のように暇ではないからな。まったく、同じ血が通っているとは思えない――くそっ!」

 サァキャの中で何かが爆発したのか、唐突に叫び声を発すると、サァキャは側にあった四角い箱に強烈な蹴りをかました。箱は金属特有の鈍い音を発しながら転がり、中に入っていたゴミをあたりに吐き出している。

「忌々しい――だらしなくて弱いくせに――あの淫乱娘! 見つけ次第、手の爪をぜんぶ剥がしてやる――」

 ヒスイの目の前で、サァキャはで獰猛なうなり声を上げると、目を血走らせてあたりを歩き回った。壁の剥がれ掛けたポスターの前に近づくと、サァキャは両手で拳を作ると、怒りに任せてそのポスターを連打する。

 ヒスイはその様子を黙ったまま見つめていた。サァキャの豹変ぶりに身じろぎが出来なかった。ヒスイの背中を、今までに掻いたことの無い汗が伝っていた。

「大丈夫だ――もう大丈夫だ――」

 サァキャは自分自身に言い聞かせながら浅い息で喘ぎ、覆面の下に左手を忍ばせる。下品な音がヒスイの耳にも届いてきた。覆面の下から唾液が滴っている。サァキャは爪を噛んでいるようだった。

「さぁ行こう、大丈夫だヒスイ、もう落ち着いた」

 サァキャは息を切らしながらも、ばつ悪げに呟いて先に進んだ。

(いつまでもこいつと一緒にいるわけにはいかない)

 ヒスイは決心をもう一度固めると、今まで以上に慎重に、足音にも気をつけながらサァキャの後ろをついて行った。


◇◇◇

 サァキャが怒り狂っていたその頃。エバは最深部にある蝋燭に火をつけていた。溶け残っていた蝋燭はやはり軟らかく、さっきよりも一層熱かった。

「これでよし!」

 最後の蝋燭に火をつけ終えると、エバとセフは薄暗い部屋の全容を眺めてみる。

 セフが想像しているような、折り重なった死体の山は存在しなかった。縦に長い最深部の更に奥には、暗いトンネルが口を開いて待っていた。

「これ、何だろうね?」

 しかし、エバとセフが注目していたのは、部屋全体の構造ではなかった。

 二人の目の前に、今までに見たことの無い滑車つきの馬車が、床の間にある深い溝の中に据えつけられている。

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