7.4.一方向錬成

 前回および前々回は、錬成の「価値」という、ややなじみにくい問題を提起して取り扱いました。しかしながらその実情は、魔法を単なる反応促進剤と見なしてしまうのか、それとも魔法が物質の実体に影響を及ぼすのかという事態に対処することが主眼となっていました。

 さて、これまでに考察した「等価錬成」と「付価錬成」は、「化合」および「分解」の相互的なやり取りが可能でした。この相互作用の可能性を、これまでは便宜的に“双方向性”という言葉で表してきました。

 今回取り上げるのは、そうした双方向性をとらない錬成の方式、「一方向錬成」です。

 この「一方向錬成」をより理解しやすくするために、身近な算数を利用して考えてみましょう。

 たとえば、「ある数を2倍すると、24になった」という問いがあったとします。初等教育の過程をクリアした読み手の方は、すぐに「ある数」が「12」であると理解できるはずです。すなわちそれは頭の中で

 24 ÷ 2 = 12

 という式と、

 12 × 2 = 24

 という式が、相互に連関しあっているからです。そしてまた、いずれの計算も単純であるという点で、これらの計算は互いに双方向性を持っていると見なすことが可能です。

 それでは、「ある数(0以上の整数)に6を加えると、和が2になった」という問いには、どう答えられるでしょう。

 「は?」

 と思った方は、クイズだと思って考えてみてください。

 通常、0以上の整数(n=0,1,2,3,,,,)に6を加えたら、その和は確実に6以上の自然数になるはずです。にもかかわらず、答えが2になるためには、単純な加法ではない規則が、問いにはたらいていることになります。

 そのルールとは何か? ――「時計盤」を想像してみると、上記の問いはなんら難しくありません。「ある時刻から6時間先に進むと、2時になる」と述べていることと同義になりますから、「ある時刻(=ある自然数)」は「8」であると分かります。小学校・中学校の時点で「時計算」として教科書に記載されている問題ですが、これを式に書き表してみると、

 8(mod12) + 6(mod12) ≡ 2(mod12)

 という式になります。「(mod12)って何だよ?」と思う方もいらっしゃると思いますが、これは要するに「時計盤の数字が1から12までありますよ」ということを示す標識のようなものです。

 たとえば、一日が5時間しかないみじめな世界では、

 3(mod5) + 4(mod5) ≡ 2(mod5)

 となるわけです。

 さて、この「時計算」が示すこととは何でしょうか。それは、この計算が双方向性を帯びていない、ということです。

 下の式を見てください。

 11^x(mod13) ≡2(mod13)

 この式におけるxの値は幾つになるでしょう? 答えは7になるのですが、2(mod13)という結果からx=7 を導き出すのは、不可能とは言わないまでも、大変な手間になることは確実です。しかしながら「11の7乗」などは、関数電卓を利用すれば一発で計算ができます。

 左辺から右辺を求めるのはたやすいですが、右辺の結果から左辺の数値を求めるのは大変難しい――この特徴は、序盤におこなった「ある数を2倍すると、24になった」という計算よりもはるかに高難度です。この点で時計算は「双方向の計算が事実上不可能」であると考えることができるでしょう。

 そしてこうした一方向性というものは、何も数学に限ったことではありません。読み手の皆さんは今このサイトを閲覧している電子媒体(携帯、PC、スマホ)を破壊してみましょう。足で踏みつけるなり、ベランダから放り投げるなり、炭酸をこぼすなり、方法はいろいろある上、おそらく容易に破壊できるでしょう。しかしながら、おだぶつになった電子媒体を再び正常な機能に戻すのは、容易なことではありません。この点で「破壊―修復」という関係には、明らかな一方向性が存在しているといえるはずです。

 そして、こうした一方向性というのを、おそらくは「錬成」も帯びているのではないでしょうか。たとえば、液体同士を魔力で混ぜ、セメントのように固める錬成があったとします。しかしながら、その固体を再び別々の液体に分離させるのは、かなり手間のかかる作業になるでしょう。こうしてみると、錬成の中にも、双方向性がある錬成もあれば、一方向のみ可能な錬成も存在するということが示唆できます。

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