『IZUMI』

0.1.

 副題;『メード・イン・へヴン』とかいう題名の、ウソみたいなクソみたいな芸術。

0.2.

 「メード・イン・へヴン」というワードの検索は、自己責任でお願いします。

1.1.1.

 大学のゼミの教授が○ァミマでからあげを万引きして逮捕されたため、僕の所属するゼミは開店休業となった。

1.1.2.

 就活は無事に終わり、単位は全部揃えてあるため、来年の卒業式まで僕はヒマになったわけである。

1.2.

 「あぁーセッ○スしてぇなぁー」

1.3.1.

 僕はそんなことを口走りながら、新宿発池袋行きのバスへ乗車した。

1.3.2.

 池袋で行なわれている、「現代美術展覧会」なるものに興味を抱いたためである。

2.1.

 さて、僕はチケットを購入すると、さっそく現代美術の何たるかを看取しようとした。

2.2.1.

 サーレ、へリング、バスキア、大竹、スタインバック、シュナーベル、ハリー、クーンズ、コンド、ヴォイナロビッチ、シャーマン、レヴィーン、ビドロ……。

2.2.2.

 もちろんデュシャンも忘れてはいけない。

2.3.1.

 「何という錬金術だろうか!」

2.3.2.

 と僕は叫んだ、

2.3.3.

 「芸術はバクハツだ!」

2.3.4.

 なんていうおべっかを言うより前に。

3.1.1.

 観賞は一通り終わったので、僕は会場から立ち去るべく、一人で出口へ向かった。

3.1.2.

 しかし、外へ出ようとするそのときになって、僕は自分がチケットをなくしてしまっていることに気づいた。

3.2.

 「ファック! 何ということだ!」

3.3.1.

 僕はそのように叫ぶと、チケットを探すべく、もと来た道を戻ることにした。

3.3.2.

 電車のようにレールを走っているわけではないのだから、僕はいつだって後戻りすることができるのだ。

3.4.

 「ほら、人間はこうしたやり方だって、ちゃんと生きていくことができるんだよ」

4.1.

 真ん中辺りまで戻ったとき、僕はようやく自分が落としただろうチケットを発見した。

4.2.1.1.

 そのエリアは、すし詰めになったキャンベルのスープ缶の写真

4.2.1.2.

 の写真

4.2.2.

 が、まるですし詰めになっているかのように展示されているエリアだった。

4.3.1.

 僕はすぐにチケットを回収しようとしたのだが、ちょうど同じタイミングでそこを通りかかった男性が、チケットを見るなり、

4.3.2.

 「何ということだ!」

4.3.3.

 と大声で叫んだのだ。

5.1.

 男性はチケットを見つめたまま、周囲の人に向けて言った、

5.2.1.

 「皆さん、これをご覧なさい。

5.2.2.

 ここにチケットが落ちている。

5.2.3.

 チケットをなくして困っている人がいるはずだから、さっそく拾って届けよう」

5.3.

 と。

5.4.1.

 「そんなことをするには及びません。

5.4.2.

 というのも、そのチケットを落としたのは私なのですから」

5.5.1.

 と、僕はすかさず言おうとした。

5.5.2.

 しかし、僕がそのように言う前に、女子高生が口をはさんできた。

5.6.1.

 「おじさん、あなたのその発言には、望まれるべき点が多く残っている。

5.6.2.

 というのも、この床に落ちている美術展のチケットは、『床に落ちている美術展のチケット』という題名の、一点の現代美術作品である可能性を完全には排除できないからである。

5.6.3.

 もし私のこの論理が超越されることがあるのだとすれば、それはおじさん自身が芸術作品の中に包含されているときだけである。

5.6.4.

 つまり、『「床に落ちている美術展のチケット」という題名の芸術作品の情趣を解することなく、「拾って届けよう」などと無粋なことを口走ってしまうオヤジ』という作品が成立するときにのみ、おじさんの行為は正当化され、おじさんの人生には奥行きが生まれるのである。

5.6.5.

 しかし、どのような観点からおじさんの行為を鑑みたとしても、おじさんの行為が『無粋である』という、究極的な事実は残存してしまうのである。

5.6.6.

 ゆえにあなたは死刑だ」

5.7.

 「あああああああ???!!!」

5.8.1.1.

 死刑宣告を受けた男性は、

5.8.1.2.

 僕を突き飛ばし、

5.8.1.3.

 壁を突き破り、

5.8.1.4.

 窓ガラスを突き破り、

5.8.1.5.

 ベランダを突き破った。

5.8.2.

 宙に飛び出した男性は、物理法則に従ってそのまま落下し、果てたのである。

6.1.1.

 自殺なんていうものは、本当にばかばかしい。

6.1.2.

 たとえ誰がやったにしても、だ。

6.1.3.

 男性はその単純な事実に気づけなかった。

6.1.4.

 だから空しさを抱えたまま、誰にも理解されることなく死ぬしかなかったのだ。

6.2.1.

 しかし僕は思うのだ、自殺というのは、大便することとさほど変わらないのではないだろうか。

6.2.2.

 大便に出くわしたら、どんなやんごとなき人であってもアンニュイな気持ちになるだろう。

6.2.3.

 だが何日もそのことを思い出して、アンニュイな気持ちになっているわけにはいかない。

6.2.4.

 そしてそのことは、案外自殺にも当てはまるのではないだろうか。

7.

 語りえぬことについては、沈黙しなければならぬ。

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