のどの渇きをおぼえ、エリジャは目を覚ました。心臓は高鳴り、背中は汗でびっしょりになっている。
ベットから抜け出すと、エリジャは水差しからコップに水を注ぎ、それを一気に飲み干した。
一息つくと、エリジャは壁に掛けられた一枚の絵を眺める。先代の王にして、エリジャの父であるサリマン王の肖像がそこにあった。
(お父様――)
心の中で、エリジャは呟いた。こんなにも早く自らが王位に就くとは、そして王という身分がここまで孤独だとは、エリジャは思ってもみなかった。
そのときだった。部屋の扉が、誰かにノックされる。
「だれ?!」
不意をつかれたエリジャは、思わず大きな声を上げてしまう。返事がなされないまま、扉が小さく押し開かれた。
「あ……おねえさま……」
「オルタンス……?」
扉の奥から姿を見せたのは、オルタンスだった。姉の大声にひるんだのか、オルタンスは不安げだった。
「どうしたの、こんな夜に? 眠れないの?」
「えっと……その……小鳥が逃げ出しちゃったの」
「オルタンスが飼っているやつよね?」
「う、ん。その……北東の塔まで逃げ出しちゃって……」
先ほどから、オルタンスはエリジャと視線を合わせようとせず、右下に目をそらしていた。
その意味は、エリジャにもわかる。オルタンスは嘘をつくのが下手だ。嘘をついているとき、オルタンスは視線を右下にそらしてしまう癖がある。
しかし、エリジャはあえてオルタンスの嘘に乗っかることにした。きっとオルタンスも寂しいのだろう。わざわざ嘘をあばいて、オルタンスの寂しい気持ちを募らせる必要はない、と、エリジャはそう考えた。
「そうなんだ? じゃあ、北東の塔まで一緒に行きましょ?」
エリジャの声を聞くやいなや、オルタンスの顔がぱっと明るくなった。
(北東の塔か……)
北東の塔は、賢者・ヲンリの住み処であると、エリジャは父のサリマン王から聞いたことがある。世界を造った賢者のうちのひとりで、天の正気を語る賢者。その刺すような神聖さをもって、関わったを滅ぼさずにはいられない――と。
そして、ヲンリの気質についての伝承を知っているのは、この国でエリジャしかいない。賢者についての秘密は、次に王国を担いうる王位継承者にのみ、国王が直伝するからだ。エリジャは迷信を本気にしない性質だったが、やはりそのような噂を聞いてしまうと、気が滅入るものだった。