第38話:赤い衣

「……私の勝ちよ」

 サウルの背後から、エリジャの声がした。声に突き動かされるようにして、サウルは後ろを振り向いてみる。

 サウルの背後には、”アースラ”がいる。しかしその輪郭はぼやけ、そして蜃気楼のように一瞬にして蒸発した。アースラの姿は影も形もない。代わりに立っていたのは、肩に傷を受けながらも背筋を伸ばし立っている、エリジャの姿だった。

「ざ、ざまあみろ……」

 刺し貫かれた”エリジャ”が、口から血の泡を飛ばしながら、サウルに毒づいてみせる。再度振り向いたサウルの目の前で、”エリジャ”の輪郭は溶け、アースラが現れた。

「おのれ……!」

 サウルもすべてを理解した。自分が二人を見失っていた隙に、エリジャはアースラに、アースラはエリジャに化けたのだ。そして今、アースラは自らの生命を生け贄に捧げ、結界を張ろうとしている――。

 血まみれになった指をわなめかせながら、アースラが自身の胸の前で両手を合わせた。ちいさな七色の火花が周囲をはね、血だまりの血が生き物のようにうねり、円を描いた。円の中心にはサウルがおり、そのサウルを中心として、血の飛沫は複雑な軌跡を描きはじめる。

「これは……!」

 反射的に後ずさろうとしたサウルは、両脚が魔法陣の軌跡に絡め取られていることに気づいた。魔力を解き放って抜け出そうとするも、サウルの放った魔力は、みな魔法陣の軌跡に分散され、消え去ってしまう。

「もう分かるでしょう、サウル」

 もがいているサウルの後ろから、エリジャの声がした。

「私があなたを追い詰められたのは、一人じゃなかったからよ。一人じゃできないことでも、力を合わせればどうにでもなる。サウル、それはあなたにはできなかったこと」

「だ、黙れ!」

 鋭く叫ぶと、サウルはエリジャの方を振り向いた。

「俺を誰だと――」

 エリジャの姿を見たサウルは、そこで言葉を失った。

 エリジャが身にまとっていたはずのローブが、肩の血を受けて赤く染まっていた。出血は激しく、エリジャは蒼白い顔をしていたが、それでも彼女が立っていられるのは、それだけ彼女の意志が強いからだろう。

 エリジャはまるで、赤い衣を身にまとっているかのようだった。

――赤い衣を身にまとった者がお前の前に立ちはだかるとき……それがお前の死ぬときだ。

 ヲンリの預言を思い出したサウルは、その場に崩れ落ちた。

「さようなら、サウル――」

 剣を振りかぶると、エリジャはサウルめがけて振り下ろした。

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