「……私の勝ちよ」
サウルの背後から、エリジャの声がした。声に突き動かされるようにして、サウルは後ろを振り向いてみる。
サウルの背後には、”アースラ”がいる。しかしその輪郭はぼやけ、そして蜃気楼のように一瞬にして蒸発した。アースラの姿は影も形もない。代わりに立っていたのは、肩に傷を受けながらも背筋を伸ばし立っている、エリジャの姿だった。
「ざ、ざまあみろ……」
刺し貫かれた”エリジャ”が、口から血の泡を飛ばしながら、サウルに毒づいてみせる。再度振り向いたサウルの目の前で、”エリジャ”の輪郭は溶け、アースラが現れた。
「おのれ……!」
サウルもすべてを理解した。自分が二人を見失っていた隙に、エリジャはアースラに、アースラはエリジャに化けたのだ。そして今、アースラは自らの生命を生け贄に捧げ、結界を張ろうとしている――。
血まみれになった指をわなめかせながら、アースラが自身の胸の前で両手を合わせた。ちいさな七色の火花が周囲をはね、血だまりの血が生き物のようにうねり、円を描いた。円の中心にはサウルがおり、そのサウルを中心として、血の飛沫は複雑な軌跡を描きはじめる。
「これは……!」
反射的に後ずさろうとしたサウルは、両脚が魔法陣の軌跡に絡め取られていることに気づいた。魔力を解き放って抜け出そうとするも、サウルの放った魔力は、みな魔法陣の軌跡に分散され、消え去ってしまう。
「もう分かるでしょう、サウル」
もがいているサウルの後ろから、エリジャの声がした。
「私があなたを追い詰められたのは、一人じゃなかったからよ。一人じゃできないことでも、力を合わせればどうにでもなる。サウル、それはあなたにはできなかったこと」
「だ、黙れ!」
鋭く叫ぶと、サウルはエリジャの方を振り向いた。
「俺を誰だと――」
エリジャの姿を見たサウルは、そこで言葉を失った。
エリジャが身にまとっていたはずのローブが、肩の血を受けて赤く染まっていた。出血は激しく、エリジャは蒼白い顔をしていたが、それでも彼女が立っていられるのは、それだけ彼女の意志が強いからだろう。
エリジャはまるで、赤い衣を身にまとっているかのようだった。
――赤い衣を身にまとった者がお前の前に立ちはだかるとき……それがお前の死ぬときだ。
ヲンリの預言を思い出したサウルは、その場に崩れ落ちた。
「さようなら、サウル――」
剣を振りかぶると、エリジャはサウルめがけて振り下ろした。