第31話:親友の深い溝

「……信じられません、エリジャ様! あんまりです……!」

 ロオジエが帰ってすぐ、二人きりになると、アースラはすかさず席を立って、部屋の中を巡りはじめた。アースラの鼻息は荒く、顔は真っ赤で、憤慨していることは明らかだった。

「そんなに怒らないで、アースラ」

「あんな男と……! おぞましい……!」

「そうかしら?」

 不意に立ち止まると、信じられない、といった目つきで、アースラがエリジャのことを見つめた。

「たぶん、アースラが思っているほど、アイツは悪い奴じゃない」

「エリジャ様、私はアイツを……次に会ったら、アイツを殺してしまうかもしれない……!」

「アースラ……」

 たしなめるようにして、エリジャはアースラに言った。きわどいことを言った自覚はあるものの、まさかアースラがここまで逆上するなんて、エリジャは予想もしていなかった。

 エリジャの脳裏に、ふと先ほどの一幕がよぎる。話の最中、アースラは何度も立ち上がりかけては、ロオジエに迫ろうとしていた。アースラが真面目な性格であり、真面目すぎるがゆえに、すぐに動き出してしまうことは、エリジャもよく知っているつもりだった。だが、今回のアースラは何かがおかしい。

「ねぇアースラ、私に隠していることがあるんじゃない?」

「え……?」

「三年間、私にもいろんなことがあったわ。でも、それはきっとあなたも同じこと。私、自分のことに精一杯で、あなたのことを考えてあげられなかった。だから言ってちょうだい。私にできることなら、力になるから」

「エリジャ様……」

 何かを言いかけたアースラだったが、不意に唇を噛みしめると、エリジャからそっぽを向いた。

「――いえ、隠し事などございません。あったとしても、エリジャ様に申し上げるほどのものではございません」

「アースラ、そんな言い方はやめて。親友でしょう、私たち?」

 ”親友”という言葉をエリジャが口にしたとたん、アースラの肩が一瞬だけ震えた。それを見て、エリジャもまた奇妙な感覚に捕らわれる。まるでアースラは、エリジャから親友と呼ばれることに驚いている様子だということ、そしてそんなアースラの様子を見て、エリジャは想像以上に自分が傷ついていること――。

「アースラ、私が言いたいのは……」

「――行きましょう、エリジャ様」

 エリジャの方を振り向くことなく、アースラは言った。

「カシム殿が……カシム殿がエリジャ様をお呼びです」

「……わかったわ」

 それ以上追及することなく、エリジャはアースラに導かれるまま、部屋を後にした。

 このとき、意地でもアースラに問いただしておくべきだった……と、エリジャは死ぬまでそのことを後悔することになる。

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