「……信じられません、エリジャ様! あんまりです……!」
ロオジエが帰ってすぐ、二人きりになると、アースラはすかさず席を立って、部屋の中を巡りはじめた。アースラの鼻息は荒く、顔は真っ赤で、憤慨していることは明らかだった。
「そんなに怒らないで、アースラ」
「あんな男と……! おぞましい……!」
「そうかしら?」
不意に立ち止まると、信じられない、といった目つきで、アースラがエリジャのことを見つめた。
「たぶん、アースラが思っているほど、アイツは悪い奴じゃない」
「エリジャ様、私はアイツを……次に会ったら、アイツを殺してしまうかもしれない……!」
「アースラ……」
たしなめるようにして、エリジャはアースラに言った。きわどいことを言った自覚はあるものの、まさかアースラがここまで逆上するなんて、エリジャは予想もしていなかった。
エリジャの脳裏に、ふと先ほどの一幕がよぎる。話の最中、アースラは何度も立ち上がりかけては、ロオジエに迫ろうとしていた。アースラが真面目な性格であり、真面目すぎるがゆえに、すぐに動き出してしまうことは、エリジャもよく知っているつもりだった。だが、今回のアースラは何かがおかしい。
「ねぇアースラ、私に隠していることがあるんじゃない?」
「え……?」
「三年間、私にもいろんなことがあったわ。でも、それはきっとあなたも同じこと。私、自分のことに精一杯で、あなたのことを考えてあげられなかった。だから言ってちょうだい。私にできることなら、力になるから」
「エリジャ様……」
何かを言いかけたアースラだったが、不意に唇を噛みしめると、エリジャからそっぽを向いた。
「――いえ、隠し事などございません。あったとしても、エリジャ様に申し上げるほどのものではございません」
「アースラ、そんな言い方はやめて。親友でしょう、私たち?」
”親友”という言葉をエリジャが口にしたとたん、アースラの肩が一瞬だけ震えた。それを見て、エリジャもまた奇妙な感覚に捕らわれる。まるでアースラは、エリジャから親友と呼ばれることに驚いている様子だということ、そしてそんなアースラの様子を見て、エリジャは想像以上に自分が傷ついていること――。
「アースラ、私が言いたいのは……」
「――行きましょう、エリジャ様」
エリジャの方を振り向くことなく、アースラは言った。
「カシム殿が……カシム殿がエリジャ様をお呼びです」
「……わかったわ」
それ以上追及することなく、エリジャはアースラに導かれるまま、部屋を後にした。
このとき、意地でもアースラに問いただしておくべきだった……と、エリジャは死ぬまでそのことを後悔することになる。