(おねえさま……!)
粛々と進展していく即位式の様子を、オルタンスは固唾を呑んで見守っていた。いま、内大臣のサウルが祝辞を述べ、合図に従って儀仗兵たちが銀の槍を掲げている。左大臣のカシムがうやうやしく冠を掲げると、玉座の前にひざまづいて、同じく跪いているエリジャの頭に冠を乗せた。
エリジャは目を見開くと、内大臣のサウルから、一振りの剣を受け取った。エリジャはその剣を右手に握りしめたまま、玉座に腰を下ろした。
二階に陣取っていた若い貴族の集団が、一斉に立ち上がると、
「新国王陛下、万歳!」
と叫んだ。高らかなラッパの音がそれに引き続き、居並ぶ貴族たちがこぞって立ち上がり、万歳のかけ声はさらに大きくなった。
「万歳、万歳、万歳――!」
オルタンスは椅子に座ったまま、胸元で手をもんでいた。恐ろしさが心の内につのり、オルタンスは泣きながら逃げ出したい気持ちだった。
(どうしよう……!)
席を立ったエリジャが、国の大臣たちの肩を剣で叩いているのが見える。即位した王が第一に行わなければならない、家臣たちへの祝福である。従者に呼び出され、カルフィヌスもオルタンスの側を離れていた。
今日、この瞬間をもって、エリジャは王となった。姉としてのエリジャは、オルタンスにとって遠い存在となってしまった。
自分はだれからも顧みられることのない、ひとりぼっちの存在である――その事実に気づき、オルタンスは身体のふるえが止まらなかった。
(誰か、たすけて――!)
オルタンスが心の中で叫んだ、そのときだった。
(……オルタンス)
オルタンスの名前を、誰かが呼んだのだ。
「誰……?」
オルタンスはあたりを見渡してみたが、オルタンスに視線をそそいでいる人影はなかった。
何かの勘違いだろうか? オルタンスがそう考え直した矢先、再び
(……オルタンス)
と言う声が、さっきよりも強い調子で聞こえてきた。今度ばかりは、オルタンスも声の出所が分かった。信じられないことに、声はオルタンスの頭上から響いてきていた。
(……オルタンス、君のお姉さんを、君に返してあげよう)
「あ、あなたは?」
空から降ってくるかのような、男性の優しい声に、オルタンスの胸は高鳴った。
(私はヲンリ、と人に呼ばれている)
声の主は、自らをヲンリ、と名乗った。