第5話:罠(ловушка)

――彼ら、彼らの為人ひととなりを以って、自身の死をくぎづけるなり。は、彼らの思惟エンノイアの我を見ざるがゆえ、つんぼなるがゆえ、めしいなるがゆえなり。れど彼らは、自らの行いを以って、自らを裁きたるなり(彼らは、彼ら自身の死のために、彼らの人間を釘付けにした。なぜなら、彼らのエンノイアは私を見ず、耳が聞こえず、目が見えなかったためである。しかし彼らは、これらのことを行うことで、自分たちに裁きを下している)。

『大いなるセツ第二の教え』、第20節

 耳に入ってきた自分の言葉を聞いて、ニフシェは絶句する。「任務中は家名を明かさないこと」というのが、騎士の鉄則だからだ。

 ニフシェは十分注意していたつもりだった。にもかかわらず、エルーリアに尋ねられた途端、まるで命令でもされたかのように、ニフシェは真実を告白してしまったのである。

「ダカラー家の血筋ですか……」

 狼狽するニフシェを尻目に、エルーリアはコーヒーを一口すすった。

「ずいぶんと身分の高い騎士を寄越よこしたものですね……。ニフシェ・ダカラーよ、序列を言いなさい」

「じ……序列六位……」

 下唇を引き結び、ニフシェは懸命に言葉を噛み殺そうとする。だが、ニフシェの意思とは裏腹に、自然と言葉が口から溢れ出てしまう。

 その場を離れようとして、ニフシェは椅子から転げ落ちた。料理が手つかずのまま残されているエルーリアの取り皿を見て、ニフシェはその意味を悟った。エルーリアが料理を手につけなかったのは、決して小食のためではない。

「じ、自白剤……」

「睡眠薬も入っています、ニフシェ。さぞかし眠いことでしょう――」

 椅子から身を起こすと、エルーリアはニフシェの前に立ちはだかった。

「序列六位……使徒騎士アンデレですね。シャンタイアクティ騎士団の中でも、高位の騎士しか名乗ることを許されない……」

 そこまで言ったとき、エルーリアは眉をひそめた。何か良からぬ知識を思い出したようだった。

「……”トマス”以外の使徒騎士は、必ず二人で行動するはず。もう一人はどこですか? 言いなさい」

「し、知らない……」

「……その克己心は認めてあげましょう!」

 エルーリアが鼻を鳴らした。

スロウンだって歌い出すほどの強力な自白剤だというのに……。もう一度聞きます、もう一人の使徒騎士はどこですか……?!」

 エルーリアの左手が、ニフシェの額に触れた。自分の脳に流れ込んでくる強烈な魔力に、ニフシェはくぐもった悲鳴をあげる。このレベルの魔力の持ち主は、シャンタイアクティ騎士団にもそういない。それこそ、使徒騎士にも匹敵する魔力だった。

(何なんだ、コイツ……?!)

 平常時のニフシェならば、このエルーリアの魔力とも渡り合えたかもしれない。しかし自白剤を盛られた今、自分の意思とは裏腹に、ニフシェの唇は動いてしまう。

「し、知らない……!」

「まさか……?」

 ニフシェの頭を鷲掴みにすると、エルーリアはそのまま床へと押しやった。支えを失ったニフシェは、そのまま床へと倒れる。

「本当に知らない……?」

「か、川を泳いでいる、だから、どこにいるか、分からない……」

 ニフシェを見据えるエルーリアの目つきが、いっそう険しくなった。

「見え透いた嘘をつくのはやめなさい、ニフシェ・ダカラー。仲間がいないなどとはあり得ないこと。……別行動をとって、私を油断させるつもりですね?」

「ち、違う……」

 これは本心だった。ニフシェは本当に、自分の”相棒”がどこにいるのか分からない。なるほどエルーリアの言うとおり、それは普通「あり得ないこと」だった。しかし、ニフシェの相棒だけは、その「あり得ないこと」が許される資質を備えている。

「私の自白剤も効かないとは、星誕殿サライの魔術も進歩したもの……」

 しかしエルーリアは、飽あくまでもニフシェが嘘をつき通していると考えているらしい。

「よろしい、ニフシェ。仲間の素性すじょうが分からぬかぎりは、あなたを捕らえ続けるまで。……エヂオとの生活は、誰にも渡しません」

(エヂオ……?)

 聞き慣れない人名を聞いて、ニフシェはぎくりとした。思い当たる人物といえば、姿を見せないエルーリアの亭主ぐらいである。

 だが、ニフシェにはもう問うだけの気力が残されていなかった。殺していた息を吐いた瞬間、全身から力が抜け、ニフシェはついに眠りに落ちてしまった。


「……来なさい、レイ、ドーラ」

 ニフシェが気を失ったのを見届けると、エルーリアは二人の子どもを呼んだ。すると、扉の向こう側から、レイとドーラとが姿を現した。

「この館にもう一人、”生贄”が忍び込んでいるようです……」

 杖を掴むと、エルーリアは椅子に腰掛ける。

「ドーラ、お前は鹹水工場を中心に見回りをなさい。人がいたら、殺すように」

「分かりました、院長先生」

「い、院長先生、その姉ちゃん、どうするの?」

 涎よだれを垂らしながら、レイがニフシェを凝視する。

「お、オレさぁ、我慢できそうにないんだけど……! 喰いてえんだけど、あの姉ちゃん……!」

「許しません、レイ。コイクォイで我慢しなさい」

 レイの言葉を、エルーリアは冷たくはねのける。

「でも……!」

「『でも』はありません。彼女は私とエヂオの”素材”とします。……ドーラ、先ほどの言いつけを変えます。可能なかぎり、もう一人も生きたまま捕えるように……」

「はい、院長先生! ……ほら、レイ!」

「ちぇーっ……」

 ドーラに腕を引っ張られながらも、レイはなかなかニフシェの身体の、むき出しになったうなじから目を離すことができないようだった。

 そんな二人を尻目に、エルーリアは杖をつきながら、別の部屋へと赴く。

 ”エヂオ”のいる部屋へである。

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