「着いたッ!」
ヒスイの前方で、エバがどなる。
今、ヒスイはエバの操る箒の後ろに乗り、泰日楼へ肉薄するさなかだった。
「行くよ、ヒスイ! 上に飛ぶから、掴まって!」
「分かった――!」
森を抜けるやいなや、エバの箒が急上昇をはじめる。上昇すればするだけ、降りかかってくる火の粉の量も激しくなる。
「見て、あれ――」
ヒスイの目が、黒煙の奥に飛び交うものを捕らえた。それを見て、エバもぎょっとする。
「あれは……何?」
「分かんない。エバ、気をつけて!」
「もちろん! ヒスイも援護お願い!」
「任せて――」
ヒスイはホルスターから銃を引き抜いた。その瞬間、ヒスイの脳内にイメージが流れ込んでくる。
――薄暗い建物の中で、息も絶え絶えになっている老人の影像だった。
――よろめいた彼に少女が手を貸すが、少女の手が老人に触れた途端、彼の体が灰になってしまうのだった。
「ヒスイ、あそこだよ!」
エバに呼び掛けられ、ヒスイの脳裡でイメージが途絶える。
「どこ――?!」
「あっち! あそこの寺院にセフがいるはず!」
ヒスイが目を向けた先には、寺院の建物が見える。街でもひときわ敷地が広いためか、まだ火の手は回っていない様子だ。
「行くよ!」
「分かった――」
そう告げた途端、ヒスイの第六感が後ろから迫る脅威を知らせる。ほとんど無意識に、ヒスイは後ろに向かって引き金を引く。
引き金を引いたのと、ヒスイが後ろを確認したのとでは、いったいどちらが速いだろうか? ――火の中を突き抜け、猛然と迫ってくる異形に向かって、ヒスイの銃撃がほとばしった。
二発の銃撃は異形の羽をもぎ取ったが、それでも二人の乗る箒に食いつこうとする。
「うっ、くそッ――!」
怪物の死に物狂いの体当たりが、箒をエバの魔力から解き放った。主を失った箒は、暴れ馬のようになって空中を跳ねまわる。
「くっそー、言うこと聞け――ッ!」
「エバ、掴まって――!」
「えっ?! ちょっ、ヒスイ――」
エバの胴体に腕を回すと、ヒスイはそのまま箒から飛び出した。箒は放物線を描きながら、寺院めがけて墜落していく。
宙に放り出された二人。ヒスイは建物の一つを狙い済まして、一発。銃撃で剥がれた看板は横倒しになると、建物と建物の間に即席の橋を作る。二人はその上に転がりこんだ。そして転がりこんだ衝撃で、看板は通路に向かって崩れ落ち、二人は滑り降りて、通路へと降り立った。
「――どう、エバ?」
「ハァ……ハァ……! し、死ぬかと思った――もう!」
たわむれに、エバはヒスイの背中を叩く。
「ホント、暑すぎてヒスイの気が違っちゃったのかと思ったわ」
「ゴメンね、エバ。でも、『行けるんじゃないか』、って思ったのよ」
ヒスイの言葉に、エバは小さく笑みをこぼした。
「なんだかそれ、ヒスイっぽい」
「――私っぽい?」
「そ。決めるべきところで、ガッツリと決めてくる感じ。いいな、ホント、かっこいいもん」
「そう? なんだか……照れるかな?」
「フフフ。……さぁ、行きましょ、ヒスイ! 寺院に行かないと!」
「ええ!」
火の手の回ってない路地を通りつつ、二人は寺院へと駆け出した。