「ハァ、ハァ――ははっ」
安堵のためか、エバが笑みを零した。
「ははっ、ヒスイ、最高じゃない? もうホント、好ってカンジ」
「好?」
「そうよ。好好」
言いながら、二人は互いに笑いあう。
「よかった。ホント良かったわ。ねぇヒスイ、記憶が無いのはホント? あたしをからかっているんじゃなくて?」
「本当のことよ、エバ」
「なんかもう、信じられないよ。だって全然変わってないもん。動きもキレッキレだったし」
ヒスイ自身も、その自覚はあった。考えるより先に、体が勝手に、それも反射的に動いているのだ。だから、途中で我に返ってしまわないか、今のヒスイには心配だった。
「たまたまよ、あんなの」
「そう……そうかもね……」
「エバ……?」
今度の部屋には、照明がなかった。それがために、エバの表情をヒスイは汲み取れない。しかし声の様子からして、エバは涙ぐんでいるようだった。
「エバ、もしかして泣いてる?」
「ううん。平気よ」
「ごめんね、私が頼りないせいで――」
「もう、平気だってば、ヒスイのせいじゃないって!」
エバが指を鳴らす。エバの指先から火花が飛び散り、できた小さな火球が、周囲を明るく照らした。その火球を、エバは自分の顔の側まで持ってくる。
「ほら、泣いてないでしょ、あたし!」
「うん……」
「――それでね、ヒスイ。ヒスイにいくつか言っておかなくちゃいけないことがあるの。ホントはこんなこと言うの、今のタイミングじゃないような気がするんだけど、でもヒスイ記憶が無いわけだし――たぶんヒスイのこと良く分かっているの、あたしぐらいなもんだと思うし――」
「それ、実は私も聞きたかったのよ。ねぇエバ、私の家族はどうしてるか、分かる?」
ヒスイの質問に、エバがぽかんと口を開いた。
「……ゴメン、なんか私、ヘンなこと聞いちゃった?」
「ううん、全然よ、ぜんぜん。ただ……その……ヒスイには、家族はいない、かな? 今のところ」
「――”今のところ”?」
「えっとね、えっとね、話すと長くなるのよ?」
エバは慌てふためいていた。そんなエバを見て、ヒスイは腕を組む。
「長くても構わないわ。少しでも、いろんなことを教えて欲しい」
「そうよね。わかった、話す。……その前に、一つだけ先に質問させて?」
「いいわ」
「ヒスイは……人の運命を変えられる、って思う?」
「人の運命? 人の運命を、私が?」
エバは黙って頷いた。唐突な質問に、ヒスイは答えあぐねる。
「抽象的すぎて、分からないわ」
「それでもいいから! ――是か、非かで答えて!」
「――”はい”、よ。もしそんなことができるのならね」
「できるわよ。だってヒスイ、あなたは……”選ばれた者”なんですもの」
「”選ばれた者”?」
「ヒスイ……あなたは勇者の娘なのよ」
エバの手で踊る火球が、一瞬だけほのめいた。