「え……?」
今しがた耳にした言葉を、少女は受けとることができなかった。膝まずいていたものの、少女は思わず顔を上げた。
「いま、今、何て――?」
「――向こうの世界を滅ぼすことに決めました」
「そんな……」
少女は立ち上がると、その瞳のうちを懸命に覗こうとした。しかし相手は、そんな少女から視線を反らした。
「なぜですか……?」
思い切って、少女は尋ねてみた。
「そのようなご決断を、いったいなぜ……?」
「この世界と、向こうの世界とで、似ているものは何かしら? そして似ているがゆえに違うものって、何かしら?」
「似ているがゆえに……?」
少女は答えに窮した。抽象的な問いに、少しだけ腹を立てた。
「あら、怒っているの?」
「いえ……そのようなことは……」
「私に嘘をつくつもり? フフフ……。“おかあさん”にはお見通しよ?」
振り向いた“おかあさん”が、少女を見つめ返してきた。今度は、少女が目をそらす番だった。
「答えを教えてあげましょう。似ているものはね――愛よ、そして似ているがゆえに違うものは――愛の反対よ」
「愛の反対……?」
「そう。愛の反対とは、『戦い』のことよ」
「戦い、って――」
少女は釈然としなかった。
「向こうの世界には戦いがないとおっしゃるつもりですか? それのどこがいけないのですか?」
「……ある人が求めるものは、その人が欠いているものよ」
言いながら、“おかあさん”は、部屋の小道具をいじる。
「それはね、欠けている自覚がないと、求めることさえ覚束ない、ってことなのよ。人は戦いの中で、初めて愛を知るの。人と人とが、互いにぶつかって、爆発する――その最中に、愛がかつてあったのだと気づくの。おかあさんはね、その愛を伝えたかった。だけど今のままじゃダメ。もう一度、はじめからやり直したい――」
「――それは嘘です」
「……え?」
「戦いがあればいい、そうおっしゃるんですね?」
”おかあさん”の言葉をまたずに、少女はたたみ掛ける。
「あなたの言葉は……あなたのその情熱は嘘です、お母様。はじめからやり直す前に……私に機会をお与えください、お母様。あなたの情熱が嘘だと、私がお教え致します」
「機会?」
「はい。今のまま、私は向こうの世界を作り替えてみせます。戦いのないままで、お母様の理想をかなえて差し上げます。」
「あらあら、フフフ……。殊勝な心掛けね。でも、あなたにはムリよ。ほとばしるような母性の閃きが、あなたには決定的に欠けている」
「それは……やってみなければ分からないことです」
「その通りね……」
少女の目には、“おかあさん”が笑っているように映った。
「いいわ。好きなようにしてみなさい。私はあなたなりの理想を見届けることにするわ。――ただし」
“おかあさん”は更につけ加えた。
「ただし、やるからには徹底的にやりなさい。それこそ、私をも殺すつもりで、ね? 私のこれまでの世界と格闘して、その延長線にいる私をも殺しなさい」
「これまでの世界……」
「ええ。それで愛を知りなさい。そしてあなたも、私の世界に愛を与え続けなさい。それがおかあさんの望みよ」
「――やってみせます」
少女は低い声でそう告げる。”おかあさん”の瞳の中には、固く拳を握りしめている少女の姿が映っていた。